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宏光さんだった。
「宏光さん!」
「若菜さん…」
宏光さんは罰の悪そうな顔で、私に頭を下げた。
「車出してちょうだい」
私達が再会に驚く間もなく、凛さんは車の発進を命じた。
駐車場から出て、一気に明るさを取り戻した車内で私は再び、沈んだ顔の宏光さんに尋ねた。
「何があったんですか?」
でも、私が尋ねても宏光さんは答えなかった。
「いいわ、私が話してあげる」
助手席に座っていた凛さんがルームミラー越しに此方の様子を伺いながら、話かけて来た。
「えっ?」
「あなた契約妻なのよね?彼の」
「はい…」
私はまだ正式には妻とは言えない。
私がそう答えると、彼女は此方に振り向きさっきまでの険しい顔つきから、画面越しでよく見る一気に華のある笑顔へと変貌させた。
「私と彼、明日婚約発表しようと思うの。正式な妻がいるのに、契約妻なんていらない。そう思わない?」
彼女はあっさりと重大な事態を告白して来た。
「違う!!そんなことはまだ決まっていない」
宏光が怒りから声を荒げて反論した。
私は不信感、いや不安から黙ったままでいた。
すると、彼女は私に封筒から一枚の紙を取り出して、渡して来た。
「これ、自分の目で確かめて」
私はそれを受け取ると、文書を確認した。
何かの鑑定書のようで、よく分からない説明書きと数値が書き込まれていて、上の方に適合率99.999%と書いてあった。
恐らく、DNAか何かの鑑定書だろう。
でも、誰との…?そう思っていると、彼女が口を開いた。
「私は浅井長次郎の末娘なの。後継者の血筋は私が決めることになってる」
私は思わず彼女を見上げてしまったが、話がよく飲み込めなかった。
あれ?浅井さんは浅井の養子だから、浅井と血縁じゃなかったはず。浅井の家には他に三男一女がいるから、彼女は…
「気付いた?私は浅井長次郎が後継者を残すために仕込んだ妾腹の子よ」
彼女はテレビ越しに見るいつものような透明感のある笑顔ではなく、含みをもたせたような、冷気すら感じる笑顔で私を見ていた。
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