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彼の自宅がある成城付近のカフェで、私達はランチを食べた。
風が気持ちいい木漏れ日の当たるテラス席だった。宏光さんは食事の後、急に改まった様子でコーヒーを一口啜ると話始めた。
「俺は多分家族と縁がない、そういう人生なんだろうなって思って生きてきました」
「どうしてですか?」
「俺の生まれた家は、貧乏だったんですよ。父は仕事はしてたけど、よく転職を繰り返す人だったから、母はいっつも働き詰めでした。父はそれなりに容姿は良かった気もしますが、女性関係で揉めてるようなことも多かった。
そういい思い出もないから、今の人生を生きるようになってから、なるべく生まれた家のことは思い出さないようにしてたんです。
ただ、こないだ家族と食事に行ったことはないかってあなたに聞かれて、一つだけ思い出しました」
「家族との思い出ですか?」
「はい」
宏光さんは頷くとちょっと切なげな表情を見せた。
「回転寿司を食べに行ったんですよ。俺がまだ7歳かそんなもんでした。妹が産まれて落ち着いたくらいに家族で食べに行ったことがあった」
「回転寿司ですか?私も割とお寿司は好きです」
私は的外れかもしれないと思いつつ、返事を返した。
「味は覚えてないんですけどね。寿司はまぁ俺も好きですよ」
宏光さんはそう言って笑うと、それから、ぼそっと呟いた。
「貧乏だったけど、割と幸せだったこともあったんですよ多分。でも、あんまり思い出さないようにしてたのは、その日が家族で暮らした最後の日だったからだと思います」
私は何も答えなかった。
彼が悔しそうに俯き、唇を噛み締めて悲痛な表情をする傍らで、私はそっと背中を撫でることしか出来なかった。
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