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そうして私が背中を撫でていると、宏光さんが急に振り向き、ぎゅっと私を抱きしめてきた。
凄く力強くて息苦しくなるほどで、彼の不安や言葉にならない苦しみが肌を通して伝わってきた。
「すみません、突然抱きしめてしまって」
「いえ、大丈夫です」
「今から話すことは、あなたが知りたかったがっていた過去の話です。でも、それは俺にとって一番辛い話であるし、そのおかげもあってあなたに出会えたような気もするんです」
「私との思い出ですか?」
「はい。あなたはまだ小さかったので、覚えていらっしゃるかはかりませんが聞きたいですか?」
「是非、聞かせて下さい」
私はしっかりと頷き答えた。
ようやく浅井さんから本心が聞ける。私はそう思うと嬉しさから少し目を潤ませた。浅井さんはそんな私を見て、優しそうな笑顔を見せてくれた。
宏光さんは、私を放して一呼吸置くと再び話し始めた。
「あれはもう30年前になります。時期は真冬でした。家族と外食した翌日の朝方、うちは火に包まれました。俺はぼんやりとした記憶しか無くて、気がついたら、あたり一面煙が充満していました。
目も開けていられないほどで、それでも俺が逃げ出せたのは、勘のいい弟のお陰でした。
なんとか家を出て、その後俺らは家の裏にあった河原に向かったんです。
とにかく水が欲しくて身体の温度が上がり続けてるような、そんな異常に本能的に川へ向かったんでしょうね。
弟は足が速くて、俺は煙を吸ってしまったダメージか思うように走れなくて、足がもつれて土手から転落しました。
身体の痛みとか息苦しさとかなんとなく覚えてはいますけど、あぁ、このまま死ぬんだろうなって感じました」
私は生々しい体験談に、耳を塞ぎたくなるような気持ちになった。でも、同時に宏光さんがそれをどんなに勇気を出して告白してくれているのかを、私はぎゅっと握り締められていた右手から感じとっていた。
「数時間は経ってたんだと思います。目が覚めたら、犬の鳴き声が聞こえてきました。あ、俺生きてるのかと思って目を開けると、犬と小さな女の子が見えました。
俺はそこからまた記憶が曖昧で気付いたら、病院のベッドの上でした」
「もしかして、その小さな女の子って…」
「はい、それがあなたです。若菜さんあなたは俺の命の恩人です」
浅井さんは、改まったようにそう言うと、私に深く頭を下げた。
私は、飼っていたララとの写真を思い出した。
2歳くらいの頃、飼っていた犬と母親と警察署の署長さんと撮った写真がリビングに飾られていたのだ。
まだ、幼くて何をしたのか覚えていなかったけれど、それは宏光さんを助けたから表彰されたのだと今初めて知った。
母からは人を助けたとは聞いてはいた。でも、相手が誰かなんて興味を持ったことはなかった。
30年近く経って再会するなんて…
彼は今日までずっと覚えていてくれたんだ
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