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ドレスサロンに着くと出迎えてくれたのは、美しい女装の男性だった。
「初めまして」
「初めまして。宏光から連絡は貰ってるわ。これ、私の名刺」
私は会釈すると、受け取った名刺を手に取りまじまじと見つめた。
FoRtuNa サロンオーナー 佑月
そう書かれていた。
おそらく男性に思うが佑月さんも本名とは思えない。だが、見た目通りの名前だった。
「千瑛は、随分久しぶりね」
「そうね。お久しぶり」
二人は挨拶だけすると素っ気ない感じに互いに目を合わせることもなかった。
「ドレス選びと採寸よね。あなた、背は高そうに見えるけどおいくつ?」
「169センチです」
「あら、随分高いじゃない?ヒール履いてるからか、モデルさんかと思っちゃった」
「そうね、容姿やスタイルはいいと思う」
千瑛さんは相槌を打つようにそう口にした。
「きっとどんなドレスでも映えるわね」
佑月さんは満足気に頷いていた。
私はその言葉にちょっとドキっとしたが、笑って誤魔化した。
随分以前の話で、今は単なる派遣に過ぎなかったから。
私は案内された椅子に腰を下ろした。
ドレスサロンなんて外から眺めたことはあっても来るのは初めてだった。
お店の作りは全体的にクラシックな木目調で落ち着いたていた。設置されていた調度品もイタリアンスタイルの猫脚やローズがモチーフのアンティークな物が多かった。
そして、サロンの中央の飾り棚に大切そうにシルバーのドレスが飾られていた。
「わぁ、素敵!」
私が思わず声を出してしまいそれに駆け寄ると、佑月さんは和(にこやか)に笑いかけてくれた。
「これ、気に入った?」
「はい。とても」
「着てみる?」
「えっいいんですか?」
私が目を輝かせていると、千瑛さんが呆れた様子でため息混じりに嘆いた。
「ちょっと、私時間ないんだけど…」
「いいじゃない?ドレス選びに来てるんだから、ちょっとくらい」
「でも、それ売り物じゃないでしょ?」
千瑛さんが棘のある口調でそう突っぱねると、佑月さんも負けじと反論した。
「売り物にしてないだけで、ドレスである以上この子を好いてくれるお客様に袖を通すくらいのことはして貰っていいから、ここに飾ってあるの」
佑月さんはそういうと、そのドレスを愛しそうに見つめて、そっと触れた。
「この子はね、私がまだデザイナーとして駆け出しだった頃の初めての作品なの」
「えっ、これが処女作ってことですか?」
「ふふっ、そういうことね」
「凄い、こんな立派な仕上がりで初めての作品だなんて信じられない」
「ありがとう。そんなに褒めてくれて」
佑月さんは嬉しそうだった。
そして、トルソーからドレスを外して私を試着室の鏡の前に立たせると、胸の前にそれを当てて鏡の中の私に微笑んだ。
「あなた、これ似合いそうよね。一度着てみてよ」
「本当にいいんですか?」
「えぇ」
背後からは信じられないと言った様子で千瑛さんのため息が聞こえて来た。
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