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午後10時半過ぎ。
通りの車の往来もまばらになり始めた時間帯。
表参道にあるサロンはすっかり静かになっていた。
その店の前に一台のスポーツカータイプの青いセダンが停まった。
出てきた男は、運転席から降りると歩道に回り車のキーをロックした。
そして、その店の扉についているベルを鳴らした。
店のドアにはCLOSEDとかけられていたが、店内はまだ明るく誰かいる様子がうかがえた。
それからしばらくして、扉が開けられた。
「どなたです?こんな時間に何か御用?」
「宏光だよ」
店主は少し迷惑そうに眉をしかめたが、宏光を中に入れた。
「仕事はもう終わったの?」
「あぁ。とりあえずはね。後は帰ったらやる」
「夕食は?」
「まだだよ」
彼はそう言うと、奥の部屋にあったソファーに腰掛けた。そして、眼鏡を外すと眠そうに右手で眼をこすりながら、あくびを小さくした。
「今日は悪かったな。俺が付き添えたら良かったのに」
「まさか、あなたが千瑛呼んでくるとは思わなかった」
そう言われた宏光は苦笑いで返した。
「あの子とは何もないよ。べつに」
「そうかな?千瑛はあなたに憧れてる節はあったように思うけど」
店主はそう言うと、作業中だったドレスに再び針を通し始めた。
だが、宏光はそれには何も答えず質問で返した。
「佑月、それより、今日の話聞かせて貰える?」
「いいけど、何か食べれるもの用意するから、2階で待ってて。この作業終わったら行くから」
「いいよ。別に帰ったらなんか適当にやるから」
宏光は遠慮がちにそう答えたが、佑月は首を振った。
「ダメ。丁度いいところに来たわ。私も話があるの」
佑月はそう言うと、いつになく真剣な表情で宏光を見つめてきた。
「分かった」
宏光はそう言うと黙って彼に従った。
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