契約と愛の間で

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そんな仮面夫婦の若菜達の元に、シャンパングラスを片手ににこやかな笑顔で寄って来た人物がいた。 大手不動産ホールディングスの会長、笹井克昭氏だ。恰幅の良さそうな体格と豪快な笑顔がその裕福さを多分に物語っている彼だが、以外にもその経歴は波瀾万丈で今の地位を築き上げるには絶大な苦労があったそうだ。 私はこのパーティーのために来賓している要人や顧客のリスト、その個々の事情についてある程度は情報として目を通し、頭に詰め込んでは来ていた。 だが、彼はその中でも1番だった。私は宏光さんと一緒に深々と頭を下げた。 このパーティーの主催者でもあり、パワーレジデンスの発案者である彼は、このパーティーの中で1番とも呼べるべき功労者であり、誰もが頭を下げる存在だった。 「久しぶりだね、浅井くん。どうビジネスの方は順調かい?」 「笹井会長、ご無沙汰しております。この度は忙しい中、このようなチャンスを頂き大変光栄に思っております。ご挨拶に伺うのが遅れてしまい申し訳ありません」 宏光さんが心底申し訳なさそうに、言葉を絞り出すように相手に返した。すると、笹井会長は急に神妙な顔つきで宏光さんを労うように話始めた。 「浅井くん、噂程度に耳にした話で申し訳ないんだが、この数ヶ月の間に色々プライベートで慌ただしかったみたいだね。伝え聞いた話で申し訳ないんだが、どうやらご実家の方も大変みたいで、君も怪我をしているって聞いたよ。体調は大丈夫なのかな?」 「はい。怪我の方は大したことはありません。会長にも大変ご迷惑をかけた上に、わざわざ、ご心配までさせてしまい、申し訳ありません」 笹井会長は大物らしく首を左右に振ると、心底心配そうに宏光さんの手を握ってこう告げた。 「私も君の生い立ちにはつい同情を覚えてしまうところはあるが、そんなものを吹き飛ばすくらい君が努力家なのは十二分に知ってるつもりだよ。今回の案件だって、私も初の試みであってまだ成功させるにも君達若い経営者の力に期待してしまっているのは否めない。辛い時期でもあるだろうけど、それら全てを力に換えて更なるビジネスの躍進に繋げてくれることを心から期待している」 「はい、それは勿論。そのつもりで邁進する所存です。まだまだ未熟で会長にもお力添えしたいただけたらと思っておりますので、此方こそ何卒よろしくお願いします」 宏光さんは痛みを押して会長の手を硬く握りしめると、彼に何度も頭を下げた。 私ははそんな宏光さんの痛ましい姿に隣で心を傷めながら、同じように頭を下げるしかなかった。
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