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私はすぐには返事出来なかった。
千暎さんはそんな様子を見兼ねてか、小さく溜め息を漏らすと、邪念を振り払うかのように首を激しく左右に振った。
「今更もう遅いかも知れないけど…この結婚であなたが失うものは多くあるように思う。
対して得られるものは、あなたが望むものなのかどうか…それをはっきりさせないうちに結婚しちゃったらもう…」
「ま、待って下さい!!なんでそんなことを言うんですか?」
千暎さんは組んでいた腕を解くと、パーティーバッグからスマホを取り出した。
そして此方にライブ映像を見せて来た。
「これ、見て」
「これって…」
彼女は小さく頷いた。
パーティーの様子が映し出された画面の中で、先程の会長と綺麗で知的な印象のある女性が仲睦まじく談笑する姿が映し出されていた。
暫く見ていると、女性の方はさりげなく宏光さんの肩に触れたり、ちょっとアピールしているような素振りや目つきが際立っていた。
「私も今朝聞いた話だから詳しくは分からないんだけど、浅井さん、このビジネスの契約の際にある条件つけられてたみたい。彼から何か聞いてる」
「いいえ…」
千暎さんは苛立ちを隠せない様子で早口で事情を話し始めた。
「本当のところはまだ確かめてはないから分からない。でも、このパーティーを主催してる笹井会長は自分の姪と浅井さんの政略結婚企ててるらしくて、浅井一族との人脈を作るために、彼利用されてるみたいなのよ」
「そうだったんですか…」
「知ってて彼があなたに恋しちゃったんだとしたら、何とも不毛な話よね」
ちょっとやさぐれ気味に千暎さんは口を尖らせた。
「あの、聞くまでもなさそうですけど、彼のビジネスに有利なのは勿論…」
私が恐る恐る口にした言葉に彼女はどうにもならないと言った様子で首を左右に振った。
「ですよね…。もし、私が妊娠してるなんて知ったら」
「ごめんね。もうちょっと早く教えてあげるべきだった」
不思議にも悲しいという感情はあまり湧かなかった。
思い出すと切なくなる気もしたが、それ以上に傷付くことの多い恋だった。
本気の恋だと思うには、あまりに障害が多すぎて…愛を分かち合うタイミングが無さすぎたように思う。
私は、宏光さんと出逢った日のことやホテルでの食事、初めてウチに行った日のこと…
彼が徐々に自分に心を開いてくれたことを思い出してしまった。
思い出のひとつひとつはどれも綺麗なはずなのに…
何故かとっくに冷めきってしまっていたようにも思えた。
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