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若菜が彼らの企みに気付いた頃、宏光はホールの中で、笹井一族やそのビジネス仲間に囲まれて、肩身の狭さを覚えながら、違和感を感じ始めていた。
どうやら笹井会長は畑違いと思えた浅井の事業にも関心は持っているようで、この日本経済の行末を案じてか、その事業展望について再考する時期に来ていると考えているらしかった。
しかし、宏光は若菜との婚約については事前に話してあるはずで、浅井の親族にも筋を通したつもりだった。
元より、佐々木若菜の祖父と浅井長次郎は顔見知り程度の関係ではあり、同じ電子工業の分野で互いのビジネスのために研鑽しているライバル関係ではあった。
また、宏光にとってのビジネスが人材派遣や人材育成を含めたソリューションビジネスであることは浅井の事業発展には新しい風をもたらせる気風があった。
何故なら、浅井は重化学や工業の分野で発展してきた反面、三次産業やサービス事業分野に参入するタイミングを持つ機会に恵まれてはいなかったからだ。
今時分の風潮を鑑みると、成長著しいロボティクス産業や宇宙産業への参入は勿論、三次産業への事業参入が浅井が今後も経営者一族としての権威を保つには不可欠と考えられた。
重化学だけで浅井の伝統を守れる時代はとっくに終わってしまっていた。
宏光はそのことは学生の頃には気付いていた。
だが、後継ぎ問題がここまで拗れてしまうとは彼自身予想していなかった上に、ここに来てホテルや不動産事業で成功した笹井ホールディングスと資本提携の話まで出ようとは考えが及ばずにいた。
いや、警告は受けてはいた。
璋子があの日…
とは言え、他に考えなきゃいけないことがありすぎたのだ。凛や神尾との因縁に過去の精算。
宏光は冷や汗をかきながらも、誤魔化して談笑に加わっていたが、思わず胸が締め付けられ息苦しさを覚えていた。
ビジネスか恋か…
若菜と長次郎2人の顔が脳裏をかすめて、それぞれの想いが交錯し始めた。
長次郎は宏光がサラリーマンを一度選んだことも、新しいビジネスを始めた時にも投資を惜しむことはなかった。
若菜は契約婚に不安を感じつつも、自分を信じてついて来てくれた。
どちらかを選ぶなんて…
宏光は正気を取り戻そうと俯き加減に小さく首を振った。
浅井長次郎の恩に報いることの重大さと、自分が浅はかにも天秤にかけてしまった拙い恋の代償に。
浅井が笹井と手を組めば、間違いなく経済界の注目度は跳ね上がるだろうし、株価や投資家達の動向にも絶大な影響を与えることになる。
もし、浅井が笹井ホールディングスと資本提携を行ったならば、中堅の医療機器メーカー司エレクトロンとの事業提携が立ち消えになる可能性はある。
そうなると…
「うっ!!」
宏光は締め付けられた胸の痛みに思わず自分の胸元を右手で押さえつけた。
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