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「浅井って今そんなに揉めていらっしゃるのですか?」
「揉めてるなんてそんな単純な話ではありません。もう長年、あの一族にはお世話にもなりましたが、同じだけ頭を悩まされて来ました」
「へぇ、そうでいらっしゃいましたか」
幸穂は特に興味なさげに受け流した。
宏光はそんな彼女の様子に、あることを思いついた。
「あの、ちょっとお願いしてもよろしいですか?」
「はい?何でしょう?」
「もし、そちら側で何か新しい情報を手に入れた場合、俺に知らせてはいただけませんか?」
幸穂は少し驚いた表情をしたが、仕方なさげに笑みを浮かべてこう告げた。
「大丈夫ですよ。あなたが思うようなことは起きませんから」
「それってどういうことですか?」
「浅井と笹井の関係性が急激に進展することなど、今のところ考えられません。それに、私にはまだ将来を考えるには早すぎる気もします」
宏光はその言葉にドキっとしてしまった。そして、急に恥ずかしい気持ちになった。
「あぁ、そうですよね。あなたまだお若いですもんね。先走ってしまい申し訳ありませんでした」
「いいえ。ただ、貴方が何を考えていらっしゃるのかを慮ると、心が痛むのは想像に難くはありませんでしたので、あまりに悲観なさられていたのでは不安です」
宏光は、浅井と笹井の関係にばかり気をとられて自身が今目の前にいる女性に対して、心なしか無礼を働いてしまったことを悔やんだ。
「すみません。心ばかり先走ってしまって、貴方のお気持ちと向き合う余裕があまりありませんでした」
「いいえ。今の状況的にも、そのように勘ぐられてしまっても仕方ないのは事実です。確かに、このご縁で以って、私達の関係がただならぬものになれば、誰も悲しむことなどあるはずはありませんから。家に対する責任の重みを感じてきた、浅井様には憎からず通ずるものはあるかと思ってはおります」
仰々しくも、どこか自分の境遇を嘆くような幸穂の胸の内の苦しみに、宏光も思わず頷いてしまうほど、2人の価値観は似ているものがあった。
宏光は思わず彼女の震える手をぎゅっと握り締めた。
「浅井様」
身体をびくっと震わせ、赤面した幸穂に笑いかけ、宏光は囁くように告げた。
「あなたがいらっしゃると、私も心強く思います」
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