初デート

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「そうだったんですね」 「妻が亡くなった後、ずっと恋愛したくなかった…ってわけでもないんです。ただ、子供がいるとそちらを優先したい心情もあるし、仕事するのに恋愛に引きずられるのも面倒と言えば面倒だなと感じる部分もあって、そういうものは遠ざけてしまってたかな」 浅井さんは、お皿を綺麗に平らげると、ワインを再び口に含んだ。 「まぁ、なんでしょうね。もう30も後半になると、自分の生活や習慣を変えてまで新しい人生を切り開く気概っていうのは無くなってしまった気はします。それに、もしですよ、あなたが普通に俺と出会って、最初は、恋人として付き会っていたのに、自分じゃない特別な誰かを紹介されたり、そういう風に自分じゃどうにもならないことで振り回されたりするのしんどいでしょう?」 私は何も答えなかった。 でも、彼の考えも一理ある。多分、彼と恋するにはハードルは上がってしまって躊躇する人もいるのは事実だ。 死んだ妻とその子供。 いくら死んだとはいえ、今でも彼はずっと影のように彼女の存在を意識せずにはいられないのだから。一緒にいるとそれが虚しく思える日も来るかも知れない。 「ね?俺と恋愛楽しむって難しい気もするんです。俺自身、恋愛にそこまでもう夢はないしね」 「でも、そんな恋愛を出来ないあなたが、それでも仮の妻というを存在を欲するのは寂しいからですか?」 私は聞きたくて、でもどうしても口に出来ずにいたことを勇気を出して聞いてみた。 浅井さんは、口をキュッと堅く結ぶと、何か考えるような素振りを見せた。 「上手く言えないけど、仕事してる俺と息子と向き合う俺って、自分の中で違和感を持つことがあって…でも、恋愛すると相手の期待に応えなきゃって別のプレッシャーもあるし、なんかそういうのから解放されたかったんだと思う」 私は思いがけず、彼の本心に触れた気がした。 自分を解放してくれる存在。 確かに私も、そういう人いれば生きる上で気が楽になる気はしてた。 そうか、きっと私が彼を手放しきれない理由って案外同じなんだろうな
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