初デート

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「バッサリ拒絶しましたね」 浅井さんはそう言って笑った。 「いえ、これは拒絶じゃなくて、余韻に浸るためです」 「…ははは、じゃあそういうことにしておきましょう」 浅井さんは、呆れ気味にまた笑っていた。 「初デートですし、まだ、この先お互いじっくりと向き合っていけばいいかなって…」 「確かに急いては事を仕損じるって諺ありましたね。もう9時半ですか…俺も帰って仕事するかな」 「そうして下さい。今日はありがとうございました」 私はお礼を言いながら平静を装いつつも、もう彼を直視していられない程に恥ずかしくて堪らなかった。 あんなキスよく出来るなぁ… やっぱりこの見た目だけあって、本人はあぁ言ってても恋愛の方は経験豊富なんだろうな。 「これ、タクシー代渡しておくので気をつけて帰って下さい。此方こそ付き合っていただき今日はありがとうございました」 彼はさっきより酔いが覚めたのか、若干顔は赤らんでいたものの、普段通りの口調と態度で私に別れの挨拶を述べた。 そして、財布から1万円取り出すと私に差し出して来た。 「これで足りますか?」 「大丈夫です。あの、またお誘いいただけますか?」 私は別れるとなると、急に寂しくなって思わず引き留めるようなことを言ってしまった。 「えぇ、勿論。パーティーの方も準備しなくてはなりませんし、また近いうちに連絡しますよ」 その言葉を聞いて安心したのか、私は心が晴れた気がした。 「夜風に当たるとあまり身体に良くないので、風邪引かないように気をつけて下さい。じゃあ、また」 浅井さんは最後そう気遣ってくれると、一礼してその場を去って行った。 わずか2時間程だった。でも、思いがけない方向に進展してしまったのは、私にとって悪いことではなかったように思えた。
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