新しい風

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新しい風

今日は土曜日。 宏光は土曜日は大体息子と過ごして居た。 昼間のショッピングモールは賑やかで親子連れや若いカップルで溢れていた。 「相変わらず人凄いな」 「うん」 「これ食べ終わったらさ、またゲーセン行くの?」 「うん」 碧音は父に買ってもらったお気に入りのぶどう味の炭酸ジュースをストローで啜りながら頷いた。 昔の自分に似ているようにも思うし、妻の面影も感じられた。 とくに不意に話しかけたときに、自分を見上げる仕草や眼差しがあまりに彼女に似ていて、ちょっとドキッとする。 そんな碧音とは週末とたまに平日にリモートで会話するくらいで、普段のことは初音の実家がやってくれていた。 初音が亡くなったとき、碧音はまだ1歳だった。世話しながら働くのは楽ではなくて、最初は保育園に預けながら、寝る間も惜しんで働いて子育てしていた。 浅井は宏光にとって実家と呼べるほど頼れるわけじゃなくて、養子である自分の不遇を中には笑う人間もいた程だった。 そんな時一番寄り添ってくれたのは、従兄弟の佑介だった。 あの当時はまだ佑介は結婚していなくて、仕事が終わると駆けつけてくれて、夜は交代で碧音の夜泣きに付き合った。 そんな宏光は、半年経った時に過労で倒れた。 初音が亡くなってから、一度もまともな睡眠も取れずにいた。 初音が亡くなった日。 その日も宏光がいつも通り深夜に帰宅すると、部屋がヤケ静かだった。リビングに行くと、綺麗に整えられた部屋と、食卓の上に用意されていた食事。 そこに添えられていた一枚の手紙。 それを開いてみると、こう書かれていた。 『愛していました。今日までありがとうございました』 嫌な予感がして、慌てて初音と碧音を探した。キッチンにも風呂場にも子供部屋にも居なかった。 最後は寝室。宏光は音を立てないようにゆっくりとドアを開けた。 キングサイズのベッドの上では、碧音がすやすやと寝息を立てて寝ていた。 少し安心したのも束の間、そこに初音は居なかった。 そして、遂に背後にあったクローゼットの中で首を吊った初音を見つけた。
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