新しい風

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「お久しぶりです」 部屋の中に入ると、宏光の目にはガラス越しに入ってくる夜空と庭の景色が写った。 向かって左西側の壁には本棚があり、右側には、寝室とバスルーム。頭上にはちょっとしたロフトもあった。 20畳、いやそれ以上に広い空間の中央にあるデスクで、ゆったりと椅子に腰掛け、窓の外を見つめている老齢の風格がある男性。 彼こそが浅井長次郎だった。 「お久しぶりです、父上」 宏光が長次郎に近付き挨拶すると、彼は此方に振り向いた。 ワイシャツにベストを重ね、ゆったりしたズボンという出立ちは、丁寧に櫛で整えてポマードで固めてある頭髪に反して、ここが自宅だということを強く印象づけられた。 日本の経済界や財界において、彼を悪く言う、いや言える人間なんて、ほぼいない。 宏光がビジネス界において、その偉大さととてつもない圧力を感じてきたのは紛れもないな事実だ。 でも、そんな彼が自分に甘いことも宏光はまたよく実感していた。 「宏光、久しぶりだなぁ。たまには、親子水いらずゆっくり夕食でもどうかな?下のダイニングに、お前の好きなレストランのシェフ呼んである。ワインも用意したんだ。水臭い話はそれからにしよう」 彼はビジネスとは違う、心底嬉しそうな表情で息子を迎えいれた。 宏光は気乗りはしなかったがビジネススマイルで父にえぇと返事を返した。
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