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下のダイニングには、言われた通り席が2つ用意されていた。
以前はここに、養母香澄の姿が見えたが、今はボケてしまい、施設の方で暮らしていた。
長次郎も既に82歳。自分を引き取った時でさえ、ほぼ60だったから当たり前と言えばそうなのだが、最近はすっかり弱々しくなっているのが、宏光の目にもはっきりうつっていた。
以前は興味のある分野にはかなり投資したり、子供向けのイベントも定期的にやっていて、勢力的に経済界を牽引していたが、6年ほど前から、腎臓を痛めて、足腰も弱ったのか表に出るのも疎らになった。
それでもビジネスの世界にいる宏光にとっては、今でも彼は超えられない壁を感じる存在でもあり、見習うべき師匠でもあるには違いない。
でも、父息子(おやこ)という関係性では、すっかり変わってしまったのも事実だった。
浅井の伝統に染まり切った長次郎の考え方は、若くて貧しく何も知らない宏光にとっては魅力的だった。
でも、その期待を背負わされてしまった息子の今となっては、どうにも息苦しさばかり募る家庭だと感じてしまったこと。
やはり、よそものに過ぎない自分に対して、快く迎え入れられたとは言い難い現実に直面したこと。
様々な思いがあって、今はすっかり足が遠のいてしまったのが、浅井という家だった。
若く結婚したのも、浅井とは全く違う当時の流行りのビジネスに足を踏み入れたのも、全てはこの家に染まり切れなかったことの裏返しにも思えた。
食事が用意されるまでの、待ち時間何ともいえない沈黙をやぶろうと試みるも、うまい話題も見つけられずにいた。用件だけ話して帰る、そのつもりだったが、実際そう冷徹にもなれない自分がいた。
そんな宏光に対して、長次郎の方がこんな話題を持ちかけてきた。
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