新しい風

21/28
前へ
/289ページ
次へ
「お前達は元々仲が良かった。そうだろう?いきなり別れたと聞いて当時は心配したけど、その今ならもう一度向き合ういい機会じゃないのか?」 宏光は呆れたように首を横に振った。 「お前は、あんないい娘の何が気に食わないんだ?」 「全てです」 宏光は即答した。 2人の間に険悪なムードが漂う中、シェフが背後からやって来た。 「食事の準備が出来ました。お運びしてもよろしいでしょうか?」 宏光は直ぐに答えた。 「僕は結構です。食事は一人分でお願いします」 「何を怒ってる?宏光、お前は何が気に食わないんだ?」 苛立ちから机をバンと叩くと長次郎は声を荒げた。 「何故怒る?まさか覚えていらっしゃらないとは思えません。自分のしたことでしょうから。それに、碧音のことや再婚については、自分なりに考えがあります。基本、僕は浅井を継ぐつもりはありませんし、二度と凛と関係を持つことはありません」 宏光は怯まなかった。 心臓が高鳴るのを押さえつけ、両拳をギュッと固くしたものの、冷静にそう告げると、一礼した。 宏光がそう話す間、長次郎は自分を睨みつける息子の姿を苦々しそうに黙ってみていた。だが、何か言い返す様子もみられなかった。 宏光が玄関に向かう途中、一人の女性とすれ違った。 出逢った時は優しくて、慈愛に溢れ美しい女性だと思っていた。でも、それは幻想だった。 彼女はこの家の主人とただならぬ関係を持ち一族を引っ掻き回す悪女でしかなかった。 長次郎の愛人としてその娘を産んだ松山結子。 今では、大学教授の夫を持ちもう一女を設けているが、彼女こそ凛と千暎の母親だった。 「いらっしゃってたんですね」 結子はにっこり微笑んだ。 宏光は彼女を無視すると、玄関へと急いだ。 宏光の脳内では、あの日凛に聞かされた言葉が再生されていた。 ーーー私達は浅井にとっての切り札でしかないんです。あなたと私はいずれ、この浅井を乗っ取ることになります。 その時はーーー 宏光は停めてあった車に乗り、扉を閉めるとシートベルトを締めた。 エンジンをかけると、車をすぐに発進させた。 一刻も早くこの敷地から出たかった。
/289ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2039人が本棚に入れています
本棚に追加