新しい風

26/28
前へ
/289ページ
次へ
スタジオは会社から車で5分程のところにあった。 皆が慌しく準備を始める中、私は着替えを終わらせてメイクに入った。 メイクも特に今日はプロはおらず、自前でやって欲しいとのことだった。 スタジオの空気感を味わいながら、私は小さく深呼吸した。 まさか、こんな形でモデル業を再びやるとは思わなかったし、今の身体に絶対の自信があるわけじゃない。 ただ、広告モデルに起用するときに、あまり現実離れした肉体よりは、それなりに購買層に親近感が湧く方がいいと彼らは考えていたようだった。 今は画像にしてしまえば修正はきくので、綺麗に見せる加工は簡単なようで、その辺りは人件費を考えても編集の技術に頼るのがいいとのことだった。 そういう意味では仕事を引き受ける上で、少しハードルが下がった部分はあった。 自身のスリーサイズが理想的だとは思えない。肩幅だって人よりある。でも、それなりにスレンダーと言われるこの肉体のおかげで服を着ると多少見映えするのも事実だ。 でも、それよりも何よりも何も掴めないまま30目前にして、派遣を繋いで生きてきた日々。昨日まで、全く他人に夢を与えられるような人間じゃなかった私に、その役を与えてくれたことが心より嬉しかった。 自分にも、人に夢を与えたり幸せに出来ることがあるなら、脱いでもいいんじゃないかなって… 強気になれた。 衣装に着替えて、鏡を前にして、その中に映る自分を確かめる。 昨日までと変わったところはない。 モデル時代、鏡の中に映った自分にいつもかけていた言葉があった。 それはスカウトしてくれた人が私に自信をつけさせるために言ってくれていた言葉。 「今のあなたに勝るアナタはいない。どんな顔してようと今が一番輝いてるの」 毎回、毎回違う顔を見せなきゃ行けないモデルという仕事に向き合うには強靭なメンタルが求められた。いつも幸せそうに、夢を与える側でいなければならない。どんな心情であろうとそうだった。 私は当時、今という輝きをカメラの前で開放することが、被写体としての使命だと思っていた。 だから、今日も同じように鏡にそっと触れると、ギュッと目を固く閉じ鏡の中の自分に語りかけた。 「今のあなたが一番輝いている」と
/289ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2039人が本棚に入れています
本棚に追加