新しい風

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ただ、やっぱり実際の撮影が始まると、緊張感で身体が強張った。 カメラの前に立つのは勇気がいるけど、なんとかなった。でも、どうしても表情には華がなかった。 最初はテンションを上げていたスタッフ達も、顔が曇り始めているのが見てとれた。 「ちょっと休憩にしようか?」 中野さんはそういうと、一度撮影を中断した。それから、水の入ったボトルを手渡してくれた。 「ありがとうございます。本当にすみません…」 私は勢いよく頭を下げた。 「まぁ、素人同然なんだし、こんなもんだろうと思ってた」 決して褒められてるわけじゃないのは分かるけど、それでもホッとする自分がいた。 「でも、10年近くモデル辞めてた割にはスタイルはそれなりにキープしてあるように思う。アラサーの素人なんてそう見れたもんじゃないもんね。なんかやってた?」 「いいえ。たまにストレッチはしますけど、ジムとかは全く行ってないし、強いて言うならお金ないからご飯は少食ですかね」 「お金ないんだ…。今回急なお願いだし、ちょっとは色つけてやれたらいいけど、上と相談しとくわ」 中野さんはそう言うと、気の毒そうに表情を曇らせた。そんなあからさまに憐れまれても困るんだけどなと思いつつ、私は明るく答えた。 「そんな気遣っていただなくて大丈夫です。派遣長くなると、ちょっとでも節約しなきゃって思ってしまって…」 「今普通に働いてもそう給料上がらないしね。あー俺も節約しなきゃな」 中野さんはそう言うと愛想笑いを浮かべた。私は同じように愛想笑いを返すと、気になってたことを質問した。 「あの、モデルはもうされないんですか?」 「別にもう事務所に所属もしてないし、たまに頼まれてやることはあっても以前ほど収入にはならないからな」 「そうなんですね。本当はカメラマンになりたかったんですか?」 中野さんはそれも首を振った。 私はどう反応していいか分からず、気まずい気持ちでいると、彼はみんなに撮影の再開を呼びかけた。
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