新しい風

28/28
前へ
/289ページ
次へ
私が戸惑っていると、彼は耳元であることを囁いた。 「とりあえず顔写さないであげるから、身体だけなら思う存分魅せられる?」 「えっ?」 「全身なら恥ずかしいけど、顔なしなら綺麗に撮れるかなって」 「は、はい。頑張ってみます」 私は唐突な彼の提案に驚いたが、その方が思いっきりポージング出来る気はした。 再開して5分。 さっきよりずっと現場の空気が良くなったのを感じた。 素肌だけならそう緊張しないでいられる。 私がモデルになって学んだことの一つに、被写体になれる快感はあった。 自分の身体なのに、写真の中ではそれが別人のように思えたし、カメラを通して見る私は自分にとっても新鮮な気がしたから。 だから、パーツを撮られることは全身を撮られるより遥かに楽しかった。 実際には、ファッションモデルは全身ありきじゃないと売れないのだが、肉体的な美しさは当時の現場でも評判は良かったのだ。 中野さんはそれを知っていたのか? 私には分からないけれど、彼がくれた自信をつけさせるための提案は功を奏した。 撮影再開から45分。 何枚かのカットを撮って、写りがいいものを何枚か選んだ。 選んだカットは編集したり、修正や加工をして仕上げるらしい。だが、今日はとりあえず被写体として使えそうかと、写りを確認するのが一番の目的だったらしく、思ったより試し撮りは上手くいった。 「うん、これとか写りもいいし、商品を魅力的に見せられそう。頼まれたポーズの中で最も魅惑的に魅せる必要があるけど、角度や胸の形も思った以上に理想的かも」 「ありがとうございます」 私は頭を下げてお辞儀した。すると、次々にスタッフから労いの言葉が届いた。 「いや、やっぱりモデルやってらしたのが短いとはいえプロだなぁと思いました。いい写真に仕上がりそうです。ありがとうございます」 「最初は本当不安でしたけど、再開してからは空気が変わったかのように、いい表情されてました。指示されたこともスムーズにこなせてました。流石です」 私は彼らのお褒めの言葉に、恐れ多く謙遜していると、中野さんが、今日は本当に助かりました、ありがとうと満面の笑顔で締めてくれた。 私は肩の荷が降りたのか、フッとその場に脱力すると、思わず泣いてしまった。 良かった。 良かった。 自分が役に立てたなら嬉しい スタッフのみんなの温かい拍手に包まれて、私は久しぶりに心が晴れ渡る気持ちだった。
/289ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2039人が本棚に入れています
本棚に追加