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関西旅行
坂口安吾についてレポートを書けと言われても、漠然としていて何もアイデアが浮かんでこない。堕落論を取り上げるのは陳腐な気もするが、俺は文学にまるで興味がないからそれ以外知らない。
では、なぜこの講義を受講してしまったのか。その答えは明白で、単位が取りやすいからだ。法学や経済学に挑むよりも幾分か楽なこの講義は、まさに堕落した生徒たちが集うのだろう。文学好きには大層失敬な話だが、システム上仕方がない。
それにしても湧き上がってくるはずのやる気は一向に火が灯らず、沸騰するはずのお湯は水のまま。退屈なオペラでも聞いていた方が有意義に感じるほど何も手がつかず、パソコン上のペーパーはタイトルすら決まっていない。
やる気ではなく、携帯の明かりが灯る。
『急だけどさ、今度旅行行こうぜ』
本当に急な話だ。俺の高校時代の友人である大井が突然のお誘いメールを送ってきた。
『いいよ』
『ありがとう』
現在は一月下旬。大学生はレポートやテストを終えると、これから長い長いバカンスの時間が待っている。きっと大井も例外なく暇を持て余すのだろう。
『玉崎も誘っていい?』
『あいつも誘うの?』
『うん。前に会ったとき、旅行に行きたいって言っていたから。無視できなくて』
玉崎とも大井と同様に高校時代から付き合いがあり、三人は別の大学に通いながらも、時間さえ見つけると一緒に遊んでいた。
『そうなんだ。じゃあ、誘ってあげないと可哀想だな(笑)』
『だろう(笑)。じゃあ、また詳細は後で話そう。俺、今バイトの休憩中だから』
『分かった。頑張って』
玉崎は良いヤツだが、どこか感覚の変わった男で、摩訶不思議な言動をすることがあった。大半は面白いで済まされるが、たまに苛立たせることもあり、正直一緒に旅行へ行きたいとは思えないタイプのダチだった。
『お待たせ。じゃあ、早速話し合いを始めようか』
二十三時ごろ。バイト終わりの大井が三人のグループ内のチャットで、文字で会話を始める。十年前なら考えられないシステムだが、今はこれが当たり前の時代になっている。三人とも『二月十二日から十四日』の二泊三日で旅行できることになり、細部を詰めることにした。
『俺、大阪に行きたいな』
玉崎は本場の串カツが食べたいらしい。また、道頓堀でたこ焼きや大阪王将などの食べ歩きもしたいそうだ。
『大阪だけだと寂しいから、ついでに神戸と京都も行くのはどうだろう? 各場所一日ずつで』
大井はこのグループのリーダーでまとめ役を担っている。旅行の企画者も大概は彼で、俺や玉崎は彼にほぼ全てを託している。
『いいね! 神戸も楽しそう』
『俺も良いと思うよ』
二人は大井の計画に賛成する。その後行く順番やホテルなども決めて、大井が明後日にホテルの予約や新幹線の予約を取ることになった。
『いつもありがとう、大井。助かるわ』
俺の感謝メールに、
『まあ、好きでやってるから』
などとカッコよく返す大井。
『じゃあ、とりあえずこれで決定で。具体的に周る場所とかは今度会って決めようね』
『了解』
『ラジャー!』
なんだよ、ラジャーって。俺は玉崎の返事に苦笑する。
関西旅行か、楽しみだな。
深夜二時過ぎ。俺は久々に気分を昂揚させながら、カレンダーに旅行の予定を書き込んだ。
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