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Episode1 妖怪屋敷のご令嬢が魔法アカデミーに入学します
私はこの家が嫌い。
…違う。
家だけじゃない。
街も学校も友人も何もかもが全部嫌いだった。そもそもを言ってしまえば、この日本と言う国が嫌いだ。文化も習慣も因習もどれもこれもがカビ臭くて仕方がなかった。
けれどやっぱり一番嫌いなのは、私の生まれたこの家そのもの。
この22世紀にあって、未だに行燈と土壁と汲み取り式のトイレが現役の家のドコに愛着を持てと言うのか。
ドのつく田舎町であれば寧ろ清々しいほどに諦めもつくだろうが、生憎と住所の上ではここは凍京なのだ。
無駄に広いから掃除は大変だし、交通の便も悪い。山の上に建っているせいで行きも帰りも山道と呼んだ方が相応しい道を通るか、さもなくば朽ち果てた燈篭に見守られた石階段を使う他ない。その上に周りは鬱蒼と木々の茂る森に囲まれて日は届きにくく、一年中ジメジメとしている。そして夏暑く、冬寒い。
良い所を見つけろと言う方が難しい、そんな家だった。
そもそも恰好を付けて江戸の頃から残っている武家屋敷なんて名乗っているけど、元を辿れば明治維新の混乱によってうち捨てられた廃寺を乗っ取って、我が物顔で使っているだけだし。
こんな感じで嫌いなところを上げればキリがない。
でも一番嫌なところはソレじゃない。
この家のなによりも嫌なところ。
私の家は妖怪屋敷なのだ。
別に古ぼけた日本家屋をお化け屋敷と例えている訳じゃない。本物の妖怪が住み家としている正真正銘の妖怪屋敷が私の生家だった。
私の母はれっきとした人間なのだが父親が数多の妖怪を従え、巷では魔王と呼ばれている程の大妖怪だそうだ。家の中には父を慕う古今東西あらゆる妖怪が跋扈している。
家にいる埃臭い妖怪どもはどいつもこいつも父に抱く畏敬の念を娘である私に対しては、妙な義務感と庇護欲に変換し必要以上に構ってくる。おかげでこの家にいる限り、私にプライバシーはまるでなかった。
ところで妖怪と人間が子供を作ると、往々にして半妖と呼ばれる形で生を受けやすいのだが、うちの両親に限っては少々勝手が違っていた。
というのも、母親がその界隈ではかなり名の通った凄腕の妖怪退治人だったかららしい。
二人の馴れ初めはよく知らないし、知りたくもない。気持ち悪い。
けれども母親が類まれな霊力を持っていたというのはその通りで、それは私を含めて子供たち全員に何かしらの影響を与えることになった。
…。
そう。子供たち全員に。
私には面倒くさいことに四人のキョウダイがいる。
兄、妹、弟×2。
母の持っていた霊能者的素養は父親の魔力、妖力を跳ね返してしまうらしく、上の子供ほど父親の力を受け継ぎにくくなっているようだった。数の上では二番目に生まれた私もどちらかというと妖怪染みた能力はほんの少ししか持っていない。
しかし、逆に言えば母親の持っていた異能の才は強く引き継いでいた。
幸い霊能力の才能だけでなく勉強は同学年なら上の下程度、スポーツは好きじゃなかったけど妖怪の父親を持っているせいか、運動神経や身体の丈夫さはかなりのものだったと自覚はしている。
だから進路はある程度なら我儘が言える程度の成績は保っていられた。
ただし。
例え家から通った方が近いというような学校に通う事になろうとも、私は少しでも早くこの家を出たかった。
これまでは流石に生活力が足りず家を出るなど夢のまた夢だったのが、中学を卒業した今、長年の夢は実現間近まできている。
私は全寮制の高校を希望して、小学校の高学年から中学生活が終わるまでのほとんどを準備のために費やしてきた。
その高校に心奪われたのは、何も全寮制だからというのが理由じゃない。
私の目指すアカデミーは何を隠そう魔法を教える学園なのだ。
私は昔から魔女になりたかったんだ。
私が魔術アカデミーに進学を決意した理由は二つある。
一つは父親の一言。それは去年のことだった。
「誰に家督と家宝の槌を譲るのか、今から三年後に決めるからよろしく」
キョウダイ全員が揃って朝ごはんを食べてる中、いきなり襖を開けてVサインをしながらそう言った。ふざけた父親だとは思っていたが、この時ばかりは本当に殺してやろうかと思った。よく箸一膳をへし折ったくらいで怒りを堪えられたと自分を褒めてやりたい。
『家督相続』。
言ってしまえばそれだけのことなのだが、この妖怪屋敷の中じゃ少し勝手が違う。それこそキョウダイ同士で血で血を洗う事態は避けられない。
誰かに決める、などと調子のいい事を言ってはいるが、父は一番末の弟に家督譲りたいと思っている…それは火を見るよりも明らかだ。
末弟は母の力が一番弱くなった時に生まれた。つまりは父の妖怪としての力を五人キョウダイの中で一番色濃く受け継いでいる。家の中で色々と世話焼きをしてくれている妖怪たちもあくまで平等を装って入るが、もしもキョウダイ同士の争いになったとしたらそのほとんどが末弟につくはず。
魔女になりたいという夢もあるが、私には自分の命を最低限は守れるだけの力と、私についてきてくれる信頼のおける誰かが必要なのだ。
その為には日本に留まり続ける訳にはいかない。日本の妖怪など、父の名を聞いたら驚き竦みあがって、保身のために末弟の軍門に下るのがオチ。だからこそ、国外で魔術の研鑽を積みつつ、海外の魔物や悪魔を募るのが私に残された道。
とはいえ、いきなりそんな危険で未知数な場所に潜り込むほど私は愚かで無策じゃない。
魔女になりたいという夢は、実はもう半分は叶っているから。
◆
私の家のある山の麓に一軒のコーヒーショップがある。店構えは地味でせまっ苦しい印象があるから初見では入りづらく、その見た目通りお客さんがいることはとても稀だった。
けれど店の奥にはコーヒーを注文した人だけが使えるガーデンテラスがあるのだ。
広さ自体はそれほどのものではないけれど、狭い店から出てきた時の開放感が小ささを意識させない。まるで温室のような透明な屋根が付いているので、天気も気にしないで使えるし、何よりも植えられている草花がとてもオシャレでお気に入りの場所だった。
これといった部活動や習い事をしていなかった私は毎日と言っても言い過ぎじゃないくらいに、その店に通った。コーヒー代くらいはちょっと家の誰かにねだればすぐに用意してくれたしね。
そして。
そのコーヒーショップを一人で切り盛りしているお婆ちゃん。
何を隠そうその人こそが私の魔法の師匠。魔女のコルドロン・アクトフォーその人だったのだ。
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