一 ハンドトゥハンド

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一 ハンドトゥハンド

「一華(いちか)ちゃん……一華ちゃん、着いたわよ」  うつ伏せになって眠っていたせいか、息が詰まったような苦しさの中で体が揺さぶられる。 「ごめん、寝ちゃってた。夢……見てたみたい」 「あら、良い夢?」  車内の後部座席で伸びをした一華は、母親の問いに首を傾げる。 「うーん、あんまり良い夢ではないかな。竜巻で空まで巻き上げられて、遠い国まで行っちゃう夢」  いつの間にか外れていたイヤホンからは映画『オズの魔法使い』で使用された『虹の彼方へ』が流れていて、夢はこの曲の影響を受けたのだろう。 「今日のトライアウト、そんなに乗り気じゃない? かかとを三回鳴らしそうな顔よ」  母親は憂鬱そうな娘を心配してくれているのだろう。だが、一華は断れないのだから聞いてこないで欲しいとひねくれたことを考えてしまう。 「だって、若い子ばっかりだよ。なにせ、探してるのは期待の十六歳、日本のフィギュアスケート界で珍しいペアの男子のパートナーなんだから」  オズの魔法使いで主人公のドロシーは、冒険の最後に魔法の銀の靴を履き、かかとを三回鳴らして故郷へと帰る。
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