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この状況なら、私もかかとを三回鳴らしたくなると、一華はバッグを抱き締める。中にはスケート靴が入っていて、フィギュアスケート選手である一華にとっての魔法の銀の靴だ。
「お母さんから見れば、みんな若い子で一華ちゃんだって大丈夫よ」
「それは、お母さんだからでしょ。集まってるのは十三歳から十五歳くらいの子なの。十九歳……もうすぐ二十歳の私なんて、絶対おばさん扱い! お姫様探しの王子様を邪魔する魔女にされるの」
一華は悪役になるのは気が重いと、いつもより重く感じるバッグを肩に掛ける。
「一華ちゃん、大丈夫。あなたはできる」
母親は、本当にそう信じているのだろう。真剣な目、声からそれがわかる。けれど、一華は気付かない振りをして茶化すように笑う。
「大丈夫。悪い魔女だけど、私は簡単には倒されてあげないから! じゃあ、いってきます」
細く小さな身体が、猫のように柔らかく素早い動きで後部座席から外に飛び出す。弾むように吐き出される息は白く、一月の灰色の空へ溶けていく。一華は両手を温めるように数度息を吹き掛けるとスケート場へと走り出した。
「おはようございます」
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