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序
あの人を見た時、自分はいかにとるに足らない存在か思い知らされた――
吐き出す息が白い。見上げれば、室内だというのに誰もがコートを着込み防寒し、耐えるような表情でこちらをじっと見ている。
「なんか滑稽」
思わず漏らした声に、周りが余裕だなと笑う。
余裕はなかった。けれど、凹凸のないよう綺麗に整氷されたリンクで氷が軋むようなブレード音が聞こえると、やるべきことは絞られる。
昨今のスケートブームにより、観客の入りは上々。選手の緊張も一層高まっている。寒さからなのか緊張からなのか手が冷たい。それでも、名前がコールされると誰もが飛び上がる火の粉のようにリンクへと走り出す。
大技を成功させる者、普段通りの演技ができる者、転倒してしまう者、様々な結果はあるものの観客は惜しみない拍手を与えてくれる。
だから大丈夫。
先程まで滑稽と笑っていたものに縋るほど、緊張していた。
でも、本当に大丈夫だろうか。
期待された結果がでなくても拍手は貰えるだろうか。自分だけは許されないかもしれない。
震えて固くなった体が逃げろと伝えてくる。だからただがむしゃらに走って、走って、走って逃げた。
だが、どうやら逃げ切れないらしい。逃げた先では、また演技が行われていた。
そこにいた少女は、まだ幼さが残っている顔を精一杯大人びたように作りこみポーズを決めていた。
そうして、指が、腕が、そして足が動き出す。徐々にスピードは上がっていくが、その動きはとても静かだった。
ターン、強く踏み込んだ足が弾むように少女の身体を宙に舞わせる。
軽やかに跳び上がった身体は開くことなく、一回、二回、三回と美しい姿勢を保ったまま回った。
音のない空気の精のような着地から数秒後、輝くような笑顔が見えた。
もう、体は固まっていなかった。
ただ自分も跳びたい、それだけを考えていた。
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