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「なんかわたし、妊娠したっぽい」
「え?」
夏美の発言に僕は完全に固まった。相手は誰?その言葉を飲み込んだ。
「わかんないんだけど。なんかこの前変な夢見てね。おなかの中になんか埋め込まれた。」
夏美からはいつものキラキラした感じは消えうせていた。
「私、部活も暫く行かない事にする。おなかの子供に良くないから。」
そう言い残すと夏美は僕の前を速足で去って行った。夢で妊娠するなんて聞いた事は無い。多分、バスケ部の誰かとそういう事があったのではないかな。なんて僕は分析をする。
週末に予定通り、鈴井玲奈の待つサッカースタジアムを訪れる。出迎えに鈴井玲奈のマネージャーと言う人が現れた。僕は鈴井玲奈の練習風景を遠くから眺める事になった。結局、鈴井玲奈本人と会話するような事はできなかった。
月曜日。いつもどおり通学する。通学路に夏美の姿は無い。気になって帰りに夏美の自宅によってみたが、出て来てくれない。今日は学校を休んだと、夏美の母親がインタフォン越しに教えてくれた。
それが何日も何日も続き。結局夏美は卒業式までまるっきり学校に姿を現さなかった。聞いた話によると推薦の話も無くなってしまい。特例で卒業扱いにはできたみたいだけど、卒業式には姿を見せなかった。
僕は地元の大学に合格したから、春から大学生だ。夏美と一緒に大学生になって、いろんなことができると思っていただけにとても残念だった。
大学生になってある日、赤ん坊を抱いた長身の女性と道ですれ違う。相手も気づいたし、僕も気づいた。その人物は夏美だった。夏美は少しやせていた。元気もあまりなかった。よそよそしい感じで会釈をすると通り過ぎようとする。
「ちょっと待って。心配してたんだけど。」
「私・・・。あかちゃん。この子を産んで。」
「何があったの?」
「それは・・。」
そのまま逃げるように夏美は走り去って行った。
後ろにはもう一人の長身の女性の姿。鈴井玲奈だ。
「お久しぶり。」
「玲奈選手!」
「彼女に何があったか知りたい?」
「はい・・・。って玲奈選手、何か知ってるんですか?」
「玲奈、でいいわ。呼び方。」
「はい。玲奈・・さん。」
「彼女は、インフォシニアの呪いがかけられている。」
「い・・インフォシニア?」
「失われた古代帝国が、異次元に作り出した虚構の島の名前よ。純真無垢で天真爛漫な彼女の心に、その島の悪意が割り込んだ。私があなたの学校に説明会で行ったのも、彼女を救う為、でした。」
「彼女の子供は?」
「古の民。インフォスタニアンの末裔を宿しているわ。」
「じゃぁ・・あの夢は。」
「そうね。覚えているかしら。あれは夢ではなくて、現実。異世界転生した過去や未来の出来事。そしてあなたはもうこの世の生き物ではない。」
「えっと意味わからない。」
鈴井玲奈は僕の正面に立って手のひらをかかげる。鈴井玲奈の手のひらの中に穴が空き始めてすぐにそれが周囲に燃え広がるかのように、宇宙が周囲に広がった。急激に僕の足元を支えているものが失われ、僕は果てしなく下に向かって落ちて行く。
「あなた。重力がそんなにお好きなの?この世界では重力ですら、観念の領域でしかないわ。あなたの意志の力でその固定観念を放棄できるのかしら?」
鈴井玲奈が僕の横に泳ぐような恰好でついてくる。時々座禅を組んだり、胡坐を組んだり、肘をついてだらしない姿勢をしたりしている。
「固定観念を放棄。」
僕が玲奈の言葉を復唱すると、その瞬間落下が止まった。急に宙に浮く。そして僕は下に落ちていたつもりだけど、全く同じ場所から一歩も動いていない事に気が付く。
「ふふふふ。」
玲奈が口元を手で押さえながら笑う。
「こちらの世界が、あなたの精神や肉体が存在している世界。もうとっくの昔にあなたは死んでしまっているの。」
「え?いつ?」
「さて。いつかしら。私のスタジアムに来た時に、巨大な爆発音が聞こえなかったかしら?」
「き・・きこえた。」
「あの時、地上は全面核戦争に巻き込まれて。世界中全部蒸発したのよ。あなたもその時全部蒸発してしまった。そしてさっき見ていた世界その全ては、あなたがイメージして作り出した虚構。あなたはあなた自身が作り出した世界に縛られている。でも、そんな事は長続きしないわ。だってそもそも地上の楽園は貴方が作り出したものではないのですもの。だんだんとギャップが生じて来て、ほころびが目立つようになり、ボロボロの世界との接点の狭間で悩む事になる。」
「そ・・そんな。」
「じゃぁ夏美も・・。」
「そうね。一緒に蒸発したわ。」
「じゃぁ玲奈さんも。」
「そうよ。私も一瞬で気化したようね。」
「じゃぁここにいる僕等は?」
「全部、あなたがイメージした虚構の世界。もうあなたはこの世界で独りぼっちよ。」
そう言うと、玲奈は手を閉じた。周囲は元の世界に戻る。
「どう?本当の事知れて良かった?」
「この世界は・・虚構?」
「そうよ。あなたが描いた世界にすぎないわ。」
「どうにかできないの?」
「そうね・・時間を逆戻しするくらいしかない。そして過去に戻って全面核戦争を辞めさせる。」
「そんな事できるのか・・?」
「さぁね。やってみなければわからないわ。私もこの件はインフォシニアが絡んでいるから他人事じゃなくってね。こんな事は時々起きるものだから。私みたいな人間が必要になるんだけど。」
「玲奈さん、あなたはいったい・・。」
「時空を超えてインフォシニアと戦う民。アストルシアの市民よ。よろしく。」
玲奈は手を差し出して僕に握手を求めた。僕は強く握り返した。どちらにせよ、玲奈と一緒に、過去にさかのぼって核戦争を辞めさせるしか、手立てが無いように思われた。
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