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毎日繰り遮していると、つまらない作業が、時々、楽しく思える時がある。それが、ほんの一瞬だったとしても、そう思えたなら、それは自身の中で、『つまらなくないこと』だと認識しているのである。『楽しいこと』、あるいは、『何か、意味のあること』だと、自分でも知らないうちにそう判断している。そうなることで、自然にそれが楽しくなってくるのである。
祐介も、毎日通っていると、だんだん図書館が好きになった。初めて、美紀に達れて行ってもらった日から、もう一週間が経つ。時々、健一が加わることもあるが、大抵、美紀と二人で行くことが多い。
二人きりのこの時間、うれしい気分になるのは、やはり美紀のことを好きだという気持ちが、祐介の中にあるからなのだろう。
毎日のように、北見にも会う。毎日会うことで、知り合いはやがて、友達と呼べる存在になっていった。
《年齢を超えた友情、か》
祐介は、その言葉が間違っているように思えて仕方がない。友情に、年齢制限はないはずだから。それは今、自分自身が身をもって体験している。
そして何より、読書がだんだん好きになり始めていた。簡単な、ファンタジー物の短編集から読み始め、今では難しい長編推理小説をも、すらすらと読めるようになっていた。
「じゃあ、行こか」
美紀は言った。やはり、笑顔が可愛い。図書館に行く前の、活き活きとした彼女の笑顔が、一番可愛い。
だが今日は、その笑顔と一緒に行くことはできなかった。
「ごめん」
祐介が言った。「昨日、母さんが入院したんだよ・・・・・・そのお見舞いに行かないといけないんだ。今からすぐ行かないと、面会時間に間に合わないんだよ」
「お母さん、どこか、悪いの?」
美紀が、心配そうに訊く。
「昨日、トラックに跳ねられたらしいんだ。全治四週間の大怪我だって。・・・・・・でも、親父、詳しいことは話してくれないんだよ」
「多分、心配をかけたくないんやろ」
美紀は言った。いつの間にか二人は、交差点に来ている。左に曲がれば、図書館につく。
「じゃ、わたしは、寄って帰るし!」
美紀は言い、自転車に飛び乗った。勢いよく漕ぎながら、こちらをちらっと振り向く。
「じゃ、バイバイ!」
前に向き直り、右手を大きく振った。
「バイバイ! また、明日!」
祐介は叫ぶ。明日の訪れが、待ち遠しかった。その気持ちを声に込めた。大きく振る、右手に込めた。
《明日も、晴れたらいいな・・・・・・》
この空は、明日という新しい世界に、つながっているような気がした。
祐介は視線を下げて、前を向いた。明日に向かって、自転車を漕ぐ。美紀と別れる交差点を、停まらずに右折し、自宅へ向かう。どんな面倒なことも、どんなつらいことも、明日への通過点であると思えば、なんとも思わない。ただ祐介は、明日だけを見ていた。明日を生きるために、そして美紀に会うために生きている。
そのはずだった。
自宅に着く直前、祐介の前に、壁が立ちはだかった。
男だった。今まで見たことはない、初めて見る顔だった。北見と同じぐらいの中年の男だ。だが、北見とはまるで雰囲気が違う。『気さくなおじさん』に対し、こいつは・・・・・・そう、『疫病神』だ。そう見える。それは、直感だった。
《嫌だ》
そう感じた。体が、脳が、自然に拒否反応を起こした。
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