第一章 友情

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 祐介は、素通りしようとした。だが、男は壁となって、明日への道をふさいでいた。 「きみ、ニシザキさんの、友達やんな?」  ニシザキ・・・・・・『西崎』  たしか、美紀の名字が西崎だった。普段名前で呼んでいるので、名字がすぐに浮かんでこない。 「はい」  つい、答えてしまった。答えてはいけないと感じていたのに、『ニシザキ』に気をとられ、注意力が散漫になっていたらしい。うかつだった。しかしもう、後の祭であった。 「そうやんな。いつも、二人で帰ってるやろ?」  同級生の冷やかしなら、『悪いか?』と言い返すところである。しかし、相手は何者か分からない。油断は禁物。目の前の相手に、集中しなくては。どうして知っている。 「なんなんですか? 急いでるんですけど」  答えそうになる単純な自分を抑え、警戒心をむき出しにして、相手を睨む。 「すみません、なんなんですか? 俺と美紀が、どうしたって言うんですか?」 「いや、あの、誤解しないでいただきたいんです。ただね・・・・・・」 「なんなんですか? 俺は急いでるんですよ!」  祐介は怒鳴った。相手は一寸たりとも動かなかった。そして言った。 「・・・・・・気をつけてくださいね」 《何が、気をつけろだ》祐介は悪態をつきながら、自転車を漕ぎ出す。  自宅に就く。イライラし、乱暴に自転車を停める。鞄をひっつかみ、玄関の鍵を開けて、中に入った。 「ただいま!」  ストレスの発散に、大きな声を出す。誰もいないので、当然、返事が返ってくるはずはない。 《それにしても・・・・・・》  冷静が戻って来た。《それにしても、どうして、あんなことを訊いたんだろう》  正常に戻って考えてみると、最初に感じた『疫病神』のイメージは薄れていった。 《なんだろう・・・・・・探偵か何かかな?》  もしそうなら説明がつく。きっと、誰かに頼まれて、美紀のことを調べているのだ。きっとそうだ。《答えなくて、よかったのかな?・・・・・・よかったんだ、答えなくて。よかったに違いない》自分を納得させる。《相手は、探偵だ。なぜか知らないが、美紀を調べている。俺が、美紀の友達だってことも、知っている。もしかしたら、彼氏だと思っているのかもしれないな・・・・・・》  くだらない冗談で緊張がほぐれ自然に笑顔が浮かぶ。  時計の針が、五時を指そうとしていた。 《ヤバイ!》  祐介は、急いで着替え始めた。二分ほどで着替え終え、自宅の鍵をつかんで家を飛び出す。玄関の鍵を閉め、バス停に向かって走り出した。  背後に、『探偵』、いや、『疫病神』の気配が、ずっと、感じられた。それを無視して、病院へと向かう。  病院につく頃には、気配は消えていた。
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