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祐介は、素通りしようとした。だが、男は壁となって、明日への道をふさいでいた。
「きみ、ニシザキさんの、友達やんな?」
ニシザキ・・・・・・『西崎』
たしか、美紀の名字が西崎だった。普段名前で呼んでいるので、名字がすぐに浮かんでこない。
「はい」
つい、答えてしまった。答えてはいけないと感じていたのに、『ニシザキ』に気をとられ、注意力が散漫になっていたらしい。うかつだった。しかしもう、後の祭であった。
「そうやんな。いつも、二人で帰ってるやろ?」
同級生の冷やかしなら、『悪いか?』と言い返すところである。しかし、相手は何者か分からない。油断は禁物。目の前の相手に、集中しなくては。どうして知っている。
「なんなんですか? 急いでるんですけど」
答えそうになる単純な自分を抑え、警戒心をむき出しにして、相手を睨む。
「すみません、なんなんですか? 俺と美紀が、どうしたって言うんですか?」
「いや、あの、誤解しないでいただきたいんです。ただね・・・・・・」
「なんなんですか? 俺は急いでるんですよ!」
祐介は怒鳴った。相手は一寸たりとも動かなかった。そして言った。
「・・・・・・気をつけてくださいね」
《何が、気をつけろだ》祐介は悪態をつきながら、自転車を漕ぎ出す。
自宅に就く。イライラし、乱暴に自転車を停める。鞄をひっつかみ、玄関の鍵を開けて、中に入った。
「ただいま!」
ストレスの発散に、大きな声を出す。誰もいないので、当然、返事が返ってくるはずはない。
《それにしても・・・・・・》
冷静が戻って来た。《それにしても、どうして、あんなことを訊いたんだろう》
正常に戻って考えてみると、最初に感じた『疫病神』のイメージは薄れていった。
《なんだろう・・・・・・探偵か何かかな?》
もしそうなら説明がつく。きっと、誰かに頼まれて、美紀のことを調べているのだ。きっとそうだ。《答えなくて、よかったのかな?・・・・・・よかったんだ、答えなくて。よかったに違いない》自分を納得させる。《相手は、探偵だ。なぜか知らないが、美紀を調べている。俺が、美紀の友達だってことも、知っている。もしかしたら、彼氏だと思っているのかもしれないな・・・・・・》
くだらない冗談で緊張がほぐれ自然に笑顔が浮かぶ。
時計の針が、五時を指そうとしていた。
《ヤバイ!》
祐介は、急いで着替え始めた。二分ほどで着替え終え、自宅の鍵をつかんで家を飛び出す。玄関の鍵を閉め、バス停に向かって走り出した。
背後に、『探偵』、いや、『疫病神』の気配が、ずっと、感じられた。それを無視して、病院へと向かう。
病院につく頃には、気配は消えていた。
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