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「いないな、今日は」
祐介は言った。美紀も、なんとなく残念そうな顔をしている。
「北見さんがおらんと、なんとなく物足りんなあ」
「どうしたんだろう、北見さん」
「さあ。風邪かな? でもあの人、風邪ひいても来てそうやもんなあ」
「事故にでもあったんじゃないか?」
「そうかもしれん」
美紀が、心配そうに眉をひそめる。「じゃあきょうは、はよ帰って、夕刊チェックでもしようか?」
祐介が言った。
「まあ、たぶん、そんなことはないと思うけど」
美紀が笑う。「大丈夫やんな」
二人は、借りていた本の返却を済ますと、自宅に向かって、自転車を押し歩き出した。
「祐介くん、お母さんは?」
美紀が訊いた。祐介の表情が曇る。
「あんまり、よくないみたい」
「そう・・・・・・心配やな・・・・・・」
「まあ、多分大丈夫だと思うけど」
祐介は、美紀を安心させようと、明るい表情に戻る。「長生きするよ、うちのお母さんは」
・・・・・・
「どうした?」
祐介は、突然俯いた美紀の顔をのぞきこんだ。
あの、不気味な無表情だった。
祐介は、目を逸らした。
「どうしたの?」
美紀が訊いた。
怖かった。美紀の顔を見るのが、怖かった。
《あれは、気のせいだ・・・・・・きっと、俺の見間違いだ》祐介は自分に言い聞かせ、美紀を見た。
可愛い、笑顔だった。
しかし祐介は、あれが見間違いでないことに気付いていた。
「じゃ、バイバイ!」
二人は交差点で別れ、振り向かずに自転車を漕ぎだす。あの日から、何かが変わっているような気がする。そう、あの男に出会った、あの日から。
祐介は、家に帰ると、ポストに投函されている夕刊を取り出した。なんとなく、社会面を広げてみる。
『衆議院解散か?/総理否定』
『死者十五人以上/名古屋・列車事故』
『名優逝く』
『惨殺死体/被害者は刑事』
どれも、どうでもいいように見えた。いつもなら、漫画を読んだ後、テレビ欄を見て、食卓の上に放り投げているところだ。
しかし、今日は違う。今日も、何かおかしい。やはり、何か異変だ起きている。
祐介は、最後の記事に目が留まった。小さな顔写真が、見出しの下に添えてある。
被害者・沢村良彦(四八)
名前には、興味がなかった。
その写真の顔は、あの『疫病神』の顔だったのである。
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