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「祐介、なんでもいいから、夕飯を買ってきてくれ」
「面倒くさいなあ」
「そんなこと言うなよ。お釣りは、お前にやるから」
祐介は親父から二千円を受け取り、自分の財布にしまう。
「行ってきます!」
祐介は言い、靴を履いて家を出た。外はもう暗い。それもそのはずだ。時計の針は、七時を回っていた。
自転車には乗らずに、歩き出す。
《コンビニで弁当でも買えばいいか》祐介は小走りに、コンビニを目指す。コンビニは、いつも美紀と別れる交差点の、向かい側にある。品揃えはよくないが、この近くでは、そこ以外のコンビニを知らなかった。
信号を渡ろうと、立ち止まる。目の前に、コンビニが見えている。
柄の悪い高校生、帰宅途中のサラリーマン、ジョギング途中の男性など、さまざまな客が見える。
信号が変わった。祐介は走り出す。そのままコンビニに入り、弁当のコーナーを見る。
《なんでもいいだろうな。絶対、親父に文句は言わせない》
祐介は品名もろくに見ず、色彩のきれいな弁当を二つ、かごの中に入れた。ついでに飲み物のコーナーへ行き、ペットボトルのお茶をかごに入れる。踵を返し、レジへ向かう。店員が、機械でバーコードを読み取っている。
「これも」と、祐介は、レジの前に置いてあったガムを差し出す。店員がそれを受け取り、バーコードを読み取る。
「千六十五円になります」
祐介が二千円を渡す。店員がレジに打ち込み、原計を押す。
「九百三十五円のお返しです。ありがとうございました」
おつりを受け取り、祐介は外へ出た。
雨が降りそうな気配がしていた。
祐介は横断歩道を渡り、歩き出した。
《九百三十五円か。何が買えるだろう》
欲しかったマンガの値段を思い浮かべる。計算し、五百円以上残ることが分かり、笑顔が浮かぶ。《美紀と健一に、ジュースでも奢ってやるか》祐介は、ゆっくり歩いていた。人通りは少なく、街灯のかすかな光が、彼の歩く夜道を照らしている。
《あれ?》
諭介は目が悪い。だが、人を見間違えることは、まずありえない。まして、それが友達ならなおさらだ。
《・・・・・・美紀?》
美紀がいた。こっちに向かって歩いてくる。
「美紀!」
祐介は、手を振った。美紀の姿が、街灯に照らし出される。
手が止まった。
《まただ・・・・・・》
あの、無表情な美紀だった。祐介は、背筋に寒気が走った。
美紀は、何も言わず、まるで祐介の存在に気付いていないかのように、通り過ぎていった。
気付かないはずはない。美紀は目がいいのだ。
しかしそれは、目が『見えていれば』の話である。今、美紀の瞳には、何も写っていない。祐介の方を向いているのに、彼の姿がみえていない。祐介は立ちすくみ、動けなかった。やがて、美紀の足音が聞こえなくなった。
祐介は振り向いた。美紀の姿はない。再び前を向き、美紀の歩いてきた方を見る。
《・・・・・・》
必死に、覚えたばかりのこのあたりの地図を、頭の中に思い描く。
《・・・・・・あれ? 向こうはたしか・・・・・・》おかしなことに気付き、驚いて、もう一度振り返る。《あれ・・・・・・? なんで・・・・・・》
美紀の歩いてきたには、あの『疫病神』が殺されたマンションがあったのである。
《なぜ・・・・・・?》
何かの偶然だと思いたかった。
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