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単調な説明が、まるで子守唄のように、生徒たちの耳に届いている。
祐介は、小さな欠伸をした。
眠くないと言えば嘘になる。そして今、嘘をつく理由は、何もないと判断した。祐介は机の上に突っ伏し、そのまま眠りにつくことにする。斜め後ろに座る美紀が、《また?》と笑っているような気がした。そして、次第に意識がなくなっていった・・・・・・
マキノ
・・・・・・?
《マキノ》
・・・・・・なんだろう?
「マキノ」
・・・・・・えっと・・・・・・なんだっただろう・・・・・・思い出せそうなんだけど・・・・・・?
「牧野」
ああ、俺の名宇だ・・・・・・
祐介は、ハッと頭を上げた。クラスメートたちが、クスクス笑っている。目をこすり、先生に目をやる。
《・・・・・・あれ? 》
たしか、英語の授業をしていたはずだ。《なぜ、亀山先生がいるんだろう・・・・・・?》
黒板に目をやる。どう見ても、現代文の授業だった。教科書に載っているつまらない評論文の解説が、亀山らしい細かい字で、狭い黒板にびっしりと書かれている。
《まさか・・・・・・》嫌な予感がして、自分の机の上を見る。そこには、英語の教科書やノートが並んでいた。
《しまった!》
心の中で叫んでも、もう後の祭りである。目の前にあるのは、現実なのだ。
「違う教科の勉強してて、そのうえ、寝るとはなあ。そんなに、現代文が嫌いか?」
亀山が訊く。まさか、前の時間から寝ていたとは、口が裂けても言えなかった。現代文は嫌いではないが、謝罪の意味を込めて静かに頷く。
「先生」
言ったのは健一だった。「あいつ、前の時間から、ずっと寝てましたよ」
《余計なことを言うなよ》健一を目で脱みつける。しかし健一は、その視線に気付いていない。祐介は、ため息しか出なかった。ふと振り向くと、斜め後ろの席で美紀が笑っていた。楽しそうに、いつも通りの可愛い笑顔で笑っていた。
《人の不幸を笑いやがつて》でも、祐介は、怒る気になれなかった。美紀の笑顔が、祐介の怒りを静めたのかもしれない。周りを見回す。みんな、とでも楽しそうに笑っていた。決して、祐介のことを馬鹿にして笑っているのではない。
「牧野、現文の教科書出して」
亀山が言った。「二十ページの五行目『我々人間は』から、読んで」
大分、笑い声も収まってきた。祐介は英語を片付け、現代文の教科書を取り出した。
授業が終わり、教師が出て行くと、祐介の机は、座談会の会場となる。メンバーは美紀と健一がレギュラーで、他にも多数のクラスメイトが、日によって加わる。
「次、何やった? 」
美紀が訊く。
「数学」
健一が、生徒手帳に挟んである時間割表を見て言った。「だるいなあ、野口か」
数学担当の野田は、祐介ら一年四組の担任である。とてもよい人柄の教師なのだが、授業の進め方が悪い。字は汚いし、説明が要領を得ない。祐介は、嫌いな数学がさらに嫌いになった。分かると楽しいのだが、分からないと楽しくない。
「なあ、昨日さあ・・・・・・」
誰からともなく、昨日の出来事が語りだされる。途中、冗談を交え、笑い合いながら友達と話している時間は、まさに至福の時であった。
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