第一章 友情

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         2  単調な説明が、まるで子守唄のように、生徒たちの耳に届いている。  祐介は、小さな欠伸をした。  眠くないと言えば嘘になる。そして今、嘘をつく理由は、何もないと判断した。祐介は机の上に突っ伏し、そのまま眠りにつくことにする。斜め後ろに座る美紀が、《また?》と笑っているような気がした。そして、次第に意識がなくなっていった・・・・・・  マキノ  ・・・・・・? 《マキノ》  ・・・・・・なんだろう? 「マキノ」  ・・・・・・えっと・・・・・・なんだっただろう・・・・・・思い出せそうなんだけど・・・・・・? 「牧野」  ああ、俺の名宇だ・・・・・・  祐介は、ハッと頭を上げた。クラスメートたちが、クスクス笑っている。目をこすり、先生に目をやる。 《・・・・・・あれ? 》  たしか、英語の授業をしていたはずだ。《なぜ、亀山先生がいるんだろう・・・・・・?》  黒板に目をやる。どう見ても、現代文の授業だった。教科書に載っているつまらない評論文の解説が、亀山らしい細かい字で、狭い黒板にびっしりと書かれている。 《まさか・・・・・・》嫌な予感がして、自分の机の上を見る。そこには、英語の教科書やノートが並んでいた。 《しまった!》  心の中で叫んでも、もう後の祭りである。目の前にあるのは、現実なのだ。 「違う教科の勉強してて、そのうえ、寝るとはなあ。そんなに、現代文が嫌いか?」  亀山が訊く。まさか、前の時間から寝ていたとは、口が裂けても言えなかった。現代文は嫌いではないが、謝罪の意味を込めて静かに頷く。 「先生」  言ったのは健一だった。「あいつ、前の時間から、ずっと寝てましたよ」 《余計なことを言うなよ》健一を目で脱みつける。しかし健一は、その視線に気付いていない。祐介は、ため息しか出なかった。ふと振り向くと、斜め後ろの席で美紀が笑っていた。楽しそうに、いつも通りの可愛い笑顔で笑っていた。 《人の不幸を笑いやがつて》でも、祐介は、怒る気になれなかった。美紀の笑顔が、祐介の怒りを静めたのかもしれない。周りを見回す。みんな、とでも楽しそうに笑っていた。決して、祐介のことを馬鹿にして笑っているのではない。 「牧野、現文の教科書出して」  亀山が言った。「二十ページの五行目『我々人間は』から、読んで」  大分、笑い声も収まってきた。祐介は英語を片付け、現代文の教科書を取り出した。 授業が終わり、教師が出て行くと、祐介の机は、座談会の会場となる。メンバーは美紀と健一がレギュラーで、他にも多数のクラスメイトが、日によって加わる。 「次、何やった? 」 美紀が訊く。 「数学」 健一が、生徒手帳に挟んである時間割表を見て言った。「だるいなあ、野口か」 数学担当の野田は、祐介ら一年四組の担任である。とてもよい人柄の教師なのだが、授業の進め方が悪い。字は汚いし、説明が要領を得ない。祐介は、嫌いな数学がさらに嫌いになった。分かると楽しいのだが、分からないと楽しくない。 「なあ、昨日さあ・・・・・・」 誰からともなく、昨日の出来事が語りだされる。途中、冗談を交え、笑い合いながら友達と話している時間は、まさに至福の時であった。
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