第一章 友情

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「え?」と、祐介が、美紀の視線の先を見る。  そこには、綺子に座った、中年の男性がいた。見た日は、きっちりとしたサラリーマンである。しかし、サラリーマンがこんな時間に、図書館にいるはずはなかった。  美紀はゆっくりと、その男の方に歩いていった。 「北見さん」  美紀が言った。北見と呼ばれたその男は、そっと顔を上げた。 「美紀ちゃんか。探してた本、返却されてたし、確保しといたで」  北見は、椅子の下から三冊の本を取って、美紀に渡した。 「ありがとう」 「いえいえ、どういたしまして」  北見は、祐介を見た。「もしかして、彼氏?」 「違いますよ! 」  図書館の中にも関わらず、美紀は大きな声を出してしまった。それに気付き、周りを見回し、恥ずかしそうに顔を赤らめる。 「違いますよ」  祐介も言った。しかし、なんとなく残念な気持ちだったのは、言うまでもない。《まあ、美紀が、そういうふうに、俺を見ていなかったってことだ》と、自分に言い聞かせる。いつの間に祐介は、美紀のことを、恋愛対象として、見ていたのだろう。自分でも、気付かなかった。  北見は、祐介の胸のうちを察してか、クスッと笑った。  いくらか、時間が過ぎていった。  美紀は、北見に確保してもらった本の貸し出し手続きを済ませ、戻ってきた。 「じやあ、そろそろ閉館やし、帰るか」 「うん、そうだな」  祐介は言い、席を立つ。時計を見ると、もう、六時を指そうとしていた。《俺はそんなに長い時間、北見さんと話していたのか。今日、初めて会った人なのに・・・・・・》  気が合ったというよりは、北見が、話し上手で聞き上手なのだ。気さくで明るい性格も二人の長話に一役かっているのだろう。 「じゃあ、またね」  北見が、二人に向かって手を振った。「お幸せに」  今度は、美紀も大きな声は出さない。 「だから、違いますって」  二人は苦笑しながら、図書館を出た。 「なんだか、不思議な人だなあ。何と言うか、人をひきつける魅力があるっていうか」  祐介は言った。美紀が、自転車のかごに荷物を置きながら、言う。 「なんか、リストラで失業したらしいねんか。ほんで、就職活動しながら、図書館に通ったはんねん。もう、一年ぐらいかな。全然、仕事が見つからんって言うてた」 「なるほどな。就職活動中だから、きっちりとした、サラリーマンみたいな格好をしていたのか」  二人は自転車を押して、歩き出した。祐介が訊いた。 「で、どうして、あの人と知り合ったんだよ?」 「なんでやったかなあ。いっつも、隣の席に座ってて、いつの間にか話すようになってたなあ」  京都という土地は、結構、社交的な人間が多い。保守的な人間は、ここでは生きていけないように思えてくる。 「へえ。それで、北見さんって、何の仕事をしてたんだ?」 「さあ、サラリーマンやったって聞いてるけど。どこの会社とかは聞いてない。なんか、聞きにくいやんか」  美紀は笑う。「でも本人は、図書館に来れる時間が増えて、喜んでるみたいやけど」 「ふうん」  祐介は言った。元来、ポジティブな思考の持ち主なのだろう。  祐介は、なんとなくうれしかった。学校や、近所の人以外で、初めて、知り合いができたのだ。新しい人との出会いは、とてもうれしいものである。
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