犯したっていいだろう

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犯したっていいだろう

 父親と母親が亡くなったのは、二人が遠出の仕事に出かけた帰りだった。車の運転が好きだった父親の車は、山道で突然スリップしてそのまま、ガードレールに強くぶつかった。  そんな大事故にかかわらず、二人の体は驚くほど綺麗だった。顔や体が異様に白い以外は、いつものように自分に笑みを向けてくれると思い込めてしまいそうだった。  死亡診断書が書かれることになり、学生だった秋月のかわりに、親族の代理人がいろいろと手筈をととのえてくれた。 だから秋月は、神妙に、事態をうけとめきれないまま、病院の廊下の椅子に座っていた。漆黒の闇がひろがる夜に相応しい、雨が降っていた。しとしとと静かな雨が降っていた。  力のない目で、窓の外の暗闇を見ていた秋月の処に、足音が近づいてくる。代理人だろうかと顔をあげたら、血相を変えた雪彦だった。 「雪君……」  呆然と名前を呼ぶ秋月を、雪彦はぎゅっと抱きしめた。 「大丈夫かい、すみれ」  その優しく、いたわるような声に、秋月の目から涙がこぼれた。急な体の変化だった。どうして、とおもう暇もなく、涙が続々と出てきた。そして気づいてしまった。  大好きな家族が死んでしまったと。 「うっ……あぁああ」  自然と声が出た、両親の死亡という酷な現実だった。けれどいつか気づく現実だった。 事実に感情が翻弄され、涙を流す秋月に、雪彦はずっと寄り添い続けた。 「また思い出すなんて……」  目を覚ました秋月は、呟き目をつむった。いつもだったら切なくなって、困り果ててしまうのに、今回ばかりは、どこか温かい気分になる。家族を喪い、よりどころを失った晩でも、隣で眠っているひとは自分の側にいてくれたのだ。昨日は少しハリキリすぎてしまった恋人の眠りは深そうだった。秋月は彼の額に軽く口づけした。  こんなにも幸せをくれた人のために、自分は動かなければいけないと思った。善之のことだ。従兄弟のことも気にかかったが、果たしてこの手段で資金を得たとして、従兄弟は納得するのだろうかと思った。秋月を悲しませたくないという意識の強い男だった。なんにしても雪彦を追い詰めるために動くような男が善之だ……断固たる態度が必要なのは間違いない。 「雪君……私、がんばるから……」  秋月は祈るように、そう呟くと……そっとベッドから抜け出した。  その日は、従兄弟が善之と話し合いをすることになっていた。従兄弟に多少不審がられたが、善之との話し合いの場所を聞いた秋月は、こっそりと待ち伏せして善之と対面した。  自分から雪彦の家に行くことが多かった善之は秋月の行動に。 「なんだ、家の中で働くだけかと思っていた」と軽く嗤ったが、どこかご満悦そうな表情だった。自分の要求に対する答えが聞けると思ったのだろう……秋月は、善之がその場で用意した部屋に案内された。  ベッドに座った善之の前に立たされる。善之は言った。 「で、どうなんだ……雪彦のところやめて、ボクのところにくるんだよね」  まるで決めつけるような言い方だった。ぞくりとするほど圧のある声に、秋月の背中に恐れのような寒気が走る。何も言えずにいる秋月に、善之はさらに追い打ちをかける。 「雪彦に母さんから、とびっきり上等な見合い話がきてるんだ、あいつの会社がどうしても取引したかった会社の社長令嬢とのだ……あいつ、イイ男だからなぁ、相手の女性も会う前からまんざらじゃないみたいなんだよ」 「そうですか……」 「反応うっすいなぁ……だから、二人が結ばれたら、あんたなんてお役御免だろ……なんせ雪彦と兄妹のようにいた時期もあったんだから」 「私にお話することはそれだけでしょうか」 「あ?」  秋月は善之の圧に負けないような、芯のある姿勢で、自分の答えを言った。 「私は、あなたのところへ行きません……行ったとしてロクなことにはなりませんから……私は、あなたの道具なるわけにいかないんです」 「その決断が……キミの従兄弟の夢を潰すことになっても、それを言うのか」   秋月の胸の奥が強く痛む。従兄弟の事業を応援したいのは本心ではあるが、自分の意志を曲げるわけにいかない。 「ええ……かまいません」  善之は秋月の返答に、心底つまらなそうな顔をした。 「なんだよ、なんだよ……キスの痕までつけたのにな、あんたそこまで雪彦が好きなのか……そこまであいつのために尽くそうって言うのか」 「私はもう決めたんです……私は、雪彦様のために生きると」 「じゃあ、雪彦を守るためなら、なんでもするよな、なんでも」 「え……」  秋月の腕が引っ張られ、ベッドに倒される。 呆然と善之を見ると、善之は歪んだ笑みを浮かべた。 「ボクはこれから、雪彦のために助力してやる……見合い話だって蹴ってやろう、だけどその代わり、雪彦が大事にしているキミを犯したって、いいだろう?」
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