あなたは本当に、すぐにキスしたがる

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あなたは本当に、すぐにキスしたがる

 驚愕の表情が浮かび、身が強ばった。 一体何を言っているのだと思ったけれど、善之の言葉は本気だった。引きちぎるように、ブラウスのボタンを外す。 「あれ……この痕、なんだよ……ボクのつけた痕じゃない」  それは昨晩、雪彦と愛を交わした際についた、キスの痕だった。血相がかわり、秋月は必死に善之を押しのけようとする。 「はなれてっ! 触らないで……! やめてぇっ」  善之はうっとうしそうな、面倒くさそうな顔で、秋月の口元を押さえすごんだ…… 「ボクはそんな声を聞きたいんじゃないんだ……っていうか、ボク以外の痕をつけるなんて、良い度胸だな……誰の痕だよ……あぁ、雪彦か……はっ、なんだかんだ、出来てたのかよ……  善之はぐっと奥歯を噛みしめた。 「どいつもこいつも、雪彦を選ぶのか……!」 「あっ、やっ……!」  身を守ろうと前に回してた腕を大きく上に上げられる。身をよじってどうにかしようとしたが、びくりとも動かない。 「たす、けて……! 雪君っ」  秋月の言葉に善之は勝ち誇ったように、言った。 「この部屋は九川のホテルだ……ボクが命じて用意させたんだ、声をあげたって無駄だよ……今更っ……」  その瞬間だった。入り口の扉から、がちゃがちゃと音が鳴ったのだ。バッと善之が振り向いたのと同時に、なだれ込むように複数の人物が入ってきた。  ホテルの従業員らしき男性、従兄弟、そして雪彦…… 「善之……! 君は一体何をっ」 「お前なんでここにっ!」  ぎろりと睨みつけてくる善之を、雪彦は力ずくで押し退かせた。雪彦は声をあげた。 「それはこっちのセリフだ……! すみれに何をしてるんだっ」  善之はやれやれと肩をすくめた。 「使用人、一人くらいと何をしたっていいだろうが……どうせ家族もいない、何もないやつなんだから」  雪彦はよろりとしている秋月をぎゅっと抱きしめ、善之をにらみ返した。 「いや……彼女は使用人になんかじゃない……僕の妻に、家族になる人なんだ。家族を傷つけようとしたな、善之」 「は? 何言ってんだ……そんなやつと結婚してどうすんだ。九川の名前を傷つけるつもりかよ」  さすがに九川のことになると動揺するようだ。 狼狽する善之に雪彦は、堂々と言い放つ。 「こんなひどい人間がいる九川に元から未練はなかったんだ……僕は僕だ。もう九川に頼る気はない」 「雪君……」  思わず名前を呼んでしまうと、雪彦はこちらを優しく見て微笑んだ。 「君は僕の家族になる人だ……かつて君は言っただろう、家族になればいいって……だからそれを今、叶えるよ」 「雪君っ!」  声をあげると同時に一際、腕に力がこめられる。秋月は嬉しくて呆然としていた。遠くからサイレンが聞こえ、事態が動いていくのを感じながら、秋月は極度の緊張から解放された疲れから意識を手放した。  秋月の様子がおかしいと思った従兄弟がくれた連絡を元に、雪彦は秋月を探し回ったようだ。そして九川の息のかかったこのホテルにいることを突き止めた。 九川の家の人間でしか動くことはないと、善之はたかをくくったが、雪彦は九川の人間として、ホテルを動かした。結果間一髪で、秋月は助かったのだ。  その後、善之の起こした事件をきっかけに九川の家は傾きはじめた。雪彦は傾きをきっかけに九川家から離れ、秋月の本当の名字である、風戸(かざと)家の婿養子になった。  親族のおこしたスキャンダルの後始末は大変であったが、それを持ち前の腕前で最小限の被害にし、また、すみれの従兄弟にも資金の口添えをしてくれた。  一年後には……すみれは雪彦の使用人ではなくなり、二人の穏やかな生活がはじまった。  すみれはたまにこう、呟いた。 「今、こんな幸せなのは、本当なのかと思ってしまいます……」  すると雪彦は軽く笑って 「本当だよ、すみれ……夢じゃない」  そう、すみれの頬に優しく口づけるのだった。 「あなたは本当に、すぐにキスしたがる」  すみれは毎度顔を真っ赤にしてそう言うが、うれしくてたまらないのも、本当だった。
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