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「F」の過去
女性が連れてきてくれたのは近所の喫茶店だった。
こげ茶色を貴重とした店内の雰囲気は落ち着いていて、もう何十年も前からここにあることが伝わってきた。
「私は森安さんの隣の家の桃田里美」
コーヒーを一口飲んで女性は言った。
「で、なにが聞きたいの?」
「文隆さんのことなら、なんでも」
俺は女性の言葉を聞き逃してしまわないよう、スマホで録音しながら会話を進めた。
「私と文隆は同級生だったの。私は隣町の高校までバスで通学していた」
昔を懐かしむように話す女性。
「文隆さんの学生時代って、どんな様子だったんですか?」
聞くと、女性は少しだけ顔をしかめた。
あまりいい記憶がないみたいだ。
「文隆はね、病気だったの……」
☆☆☆
今から60年前、私は毎日バスに揺られて隣街の高校に通っていた。
バスの中には同じ制服を着た生徒たちが沢山いたから、行きかえりが苦痛になることもなかった。
「おっはよー文隆!」
その日も私はいつものように文隆に挨拶をした。
文隆はかすかな笑顔をこちらへ向ける。
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