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「これで音楽を聴く?」
もはや携帯電話でしか音楽を聴かない彩子には、使い方が皆目見当つかない。
不思議そうな顔で、縦にしたり横にしたりとくるくる回していたが、ふと彩子はカセットテープ自体を耳に押し付けてみた。
「……なーんも聴こえんばい」
「そがん貝殻ば耳に当てて波ん音ば聴く傷心の乙女んごたしてん、聴こえんに決まっとう」
兄が呆れている。
「つまりは、傷心乙女の幻聴やろ?」
「なんちひどかことば言うと……。そがんば、幻聴やなか。科学的に説明でくるっと。耳と貝とん間にわずかな隙間がでくるけん、そん隙間から微かに空気ば入ってノイズが聞こうる。そん、なんとのう聴こえるとが波ん音に似とおって話ったい」
「じゃあ、乙女のロマンチックな勘違いったい」
「……お前、いっぺん乙女に謝ってこい」
彩子とて18歳の乙女なのだが、どこか自分を蚊帳の外に置いていた。
兄は話を戻した。
「こがんばかくる機械があるったい。それがなかと話んならん」
「はあー、やぐらしかね。しょんなか。じいちゃんの部屋ば行ってステレオん借りよう」
「それも無理ったい。じいさんのステレオんば、MDまではかつかつ聴かるるばってんカセットは聴けん」
「あ、MDは分かる。ちっさかディスクやろ?」
彩子の説明は、直訳に過ぎなかった。
「まあ、分からんでもない。最近の電気屋でも、これを売っとう所ば少のうなっとうもんな」
「需要なかかね?」
「携帯使えん年寄りが、カラオケば録音して聴くとかしよらすらしいが」
「ふーん……」
彩子は少し考え込んだ後、
「兄ちゃん。どがんしたらよかと?」
と聞いた。
「そうまでして聴きたいんか?」
「うん」
「そうか。しかし、困ったな。こんだけでん化石級のレアもんなんに、かくる機械となると……」
逡巡の後に兄は閃いた。
「いや、待てよ。もしかすると……!」
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