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ダビンチコード
「実はこれ、録音する機械と再生する機械が同じもんったい」
「へえ。さすが兄ちゃん。物知りったい」
「やけんお父さんがこれを使うたちゅうことは、カセットば隠した場所ん近くにそん機械も置いてある可能性ば高い」
「なるほど。それがなかんば、こっばただの使いづらいマスキングテープやもんねぇ」
「だから彩子。それ、マスキングテープやない」
彩子は、どうしてもカセットテープをマスキングテープ扱いしたいらしい。
「うん? なんだ、この数字」
兄が、カセットの上部、ラベル部分の手書き文字に気付いた。
「0811……? 何の暗号だ?」
「分からん。でも、なんか聞いたことあるような気もすっと」
しかし、いくら考えても分からない。
「お父さんは、中二病んごた【秘密】とか書いたメモ紙ば、お札みたいに木箱に貼って封印しとらすばかりか、ご丁寧にダビンチコードまで仕込んどるか」
父の二重の罠に、彩子は憮然としている。
「そう言ってやるな。あれでもおいだんの親父ったい」
「屋根裏をおしゃれに『ロフト』と言い張るダビンチ、な」
父のことは、好きだ。
宿題もせずに4つも年上の兄と対等に野山を駆け、好きなことばかりする彩子を、咎めずに自由に育ててくれた。おかげで今や自生のキノコの、食べられるもの食べられないものの区別さえつく。サバイバル生活しても、生き残れる自信がある。
でも、フィーリングで名前を付ける所は嫌いだ。
「なんかいい感じがすっから」と付けられた名前は「彩子」。名字から続けて読むと「正田彩子」になる。
この名前の所為で、物心ついた時からずっと揶揄われて嫌な思いばかりしてきた。すごく嫌だったから、差しさわりない場所では「正田彩子」と名乗るようにしたくらいだ。
「兄ちゃんだって嫌やろ。『通信』とか言われるんは」
「いや。おいは、そがんまでなか」
「えぇ?!」
意外だ。
父のFN被害者友の会だと思っていたのに。
「なしか?」
「おいん名前ば『信じた道を行け』って意味らしい。そのまま付けたら『信道』。つまり『信道』やったたい」
『しんどう』……長崎弁では『死んでいる』という意味である。
「ゾンビになるよか、通信の方がよか。漢字も『ちょっと凝った感じがしてよか』って、『通』の字にしてくれたのも感謝しかなか」
大きなダメージより、小さなダメージ。
(謙虚通り越して、小市民ったい)
と彩子は思ったが、兄の平和主義はよく知っている。今更、とりたてて言うことではない。
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