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受験を一足先に終えた男は、新居も決まって、毎日、部活へ顔を出す日々を送っている。
後輩の中に、練習中の掛け声のアクセントが独特の奴が居るとか、「まじで怖い」とよく言ってた監督が、最近父親のように大学のことを色々尋ねてくるとか。
本当に、取り留めのないことばかりだった。だけど、1人ぽつぽつと語られるそれに耳を傾けて、たまに笑って、たまに突っ込んで。
それを繰り返していたら、じわりじわりとゆっくり視界がぼやけていく。
"これは優しさだ"なんて絶対に私に主張したりしてこない。そういう一芭の優しさはあまりにも心地良くて、涙が出た。
「……ひとは」
"…だからラジオに話しかけてくんなよ"
「……ありがと、」
枕に顔を半分埋めて小さく告げれば、返事はないけど微かな空気の揺れがきちんと届いていた。
きっと照れを隠した笑顔なんだろうな、直接見たかったなと考える途中でも、少しずつ、意識が離れていく。
"…景衣"
「……ん?」
"――――、"
「…う、ん?なに?」
男が何か、少しの歯切れの悪さと共に伝えてきている気がする。だけどすっかり安心しきってしまった私は、もう殆どが眠りの世界に誘われている。
"ほんと、間が悪いな"
苦い声で笑いを混ぜながら呟いた後、頭を撫でられてるみたいな穏やかさの中で「おやすみ」が聞こえた瞬間、私は完全に意識を手放した。
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