1538人が本棚に入れています
本棚に追加
/174ページ
緊急事態のボーイ&ガール
頑張った今日が、いつか時間を経て記憶になって、自分の思い出になっていく時、傍で笑ってやるなんて。
すごく長期的な約束を心で反芻しながら、私は同時に思い出すことがあった。
《俺はお前に「花」をやるって、昔、約束したと思うけど》
「一芭の約束は、いつも大事になる」
「うん、でも破らないから俺」
軽い口調だけど、何でだろう。嘘は無いって思えてしまう。そういう言葉に、表情は自然と緩む。
前にエレベーターに閉じ込められた時、私は階段を不恰好に駆け上がって、踊り場で待っていた男に、それはもう勇気を振りまくって絞りまくって、伝えた言葉がある。
『一芭の"花"、私に、くれる?』
あの時、息を切らしながらも、意を決して約束への返事を伝えたら、男は形の良い瞳を細めて笑ってくれた。
今さっきくれた約束には、どんな風に返したら良いんだろう。
「お前、薬は?」
「一応さっき、風邪薬飲んだ」
「じゃあそれ、試験の時に丁度効いてくるな」
「……効くのかな」
「効く」
躊躇いなく即答されて、思わず自分より随分背の高い隣の男を見上げる。「日本の製薬会社は強いから信じろ」と謎の励ましと共に整った顔を解した一芭は、再びエレベーターのボタンを押す。
「…そっか」
この男が会いに来てから、既に頭痛は少し和らいだ気がしていて、私の身体なんて、本当にとても単純なものだと実感する。
でも、私の持っていたバッグをひょいと奪って「じゃあ行くか」と軽く促す男の意図は見えない。
最初のコメントを投稿しよう!