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犠牲になった、英単語数個
◻︎
『…だめだ、全然繋がらない』
『おい、まじで使えねえなお前のスマホは』
『はあ?あんたのも繋がってないくせになんなの』
冬の風の吹きさらしを受けながら外階段の踊り場で睨み合う俺と景衣の手には、日常生活に欠かせないスマホがそれぞれ握られている。
受験の合格発表は、今時ネットでも同時に開示される。
昨日の夜、大人しくちゃんと電話をかけてきた景衣は「大学まで行って落ちてたら、その後直ぐ勉強再開できないから」と気丈に伝えてきた。
その声を受話器越しに聞いていたら思わず、「それなら明日一緒に確認するから踊り場に来い」と反射的に約束してしまった。
正直、景衣の合格発表の方が自分の時の何倍も心臓の騒ぎ方が激しい。絶対、この目の前の女には言わないけど。
『恵美さんは?』
『家のパソコンで見てくれてるけど、だめだって』
合格発表の正午になった瞬間、同じ気持ちを抱えている受験生達のアクセス集中により、大学の公式ページのサーバーが落ちてしまっているらしい。
もう5分ほど経つが、俺と景衣のスマホも、景衣の母である恵美さんのパソコンでもまだ、結果の確認が出来ていない。
未だ繋がらない真っ白な画面をじっと見つめる女に、何をどう、伝えればいいのか。
焦りを悟られないように視線を少し逸らしながら頭をフル回転させていると、景衣のもう一方の手に握られている受験票に気づく。
【新渡戸 景衣 受験番号:014158】
それを目にした瞬間、言葉は滑り落ちた。
『景衣』
『……なに?まだ私の役に立たないスマホは、繋がってませんけど?』
先程の俺の文句を引きずってるのか、壁にもたれるようにして立つ女は不機嫌そうにこちらを睨む。
『お前。受験番号、"美味しいご飯"じゃん』
『………は?』
『014158』
『……』
俺の突然の発言に戸惑いつつ、自分も受験票に視線を落として確認している。そして、当てはめて確かに"美味しいご飯"と読めると理解したらしい。
瞠目しながらゆっくり再び顔を上げた女に、急に気まずさと恥が襲って、顔を逸らす。
『…なに、急に。なんの話かと、思った、』
『別に。お前が辛気臭い顔してるから、邪魔しようと思っただけ』
『……くだらなすぎて、言葉を、失ってる』
おい、言い過ぎだろ。
こっちだって、焦りから底抜けにしょうもないこと言った自覚あるわ。
それでも、お前の顔の強張り見てたらなんか言いたくなったんだろうがと、心でだけ悪態を吐いて逸らしていた視線を女へ戻した時だった。
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