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『景衣?』
いつものように、軽快に階段を下る。
すっかり日が暮れて、暗闇の中で近隣のアパートや街頭の明かりが頼りの薄暗さを保つ空間に、蹲る小さな人影を見つけた。
『……』
『おい、無視すんな』
『……なんで1人で、行くの?』
体育座りをして、顔を突っ伏している景衣の震えた声が空気に溶ける。脈絡の無い問いかけと、いつもと違う様子に焦って、直ぐに反応を返せない。
『……管理人さんのところ。怒られるなら、私もでしょ?』
『俺、あいつの車に傷付けたんだよ。だから俺が悪いし、しかもあいつ、めっちゃこえーから』
『…怖いなら、一緒に謝りに行けば良かったでしょ…?』
目の前にしゃがんで、事情を説明していた途中で顔を上げた景衣に思い切り睨まれた。でも鋭い眼差しの中で、涙も流していることに気づいて、また言葉に詰まる。
『一芭、私、嬉しくない。一芭だけが怒られて、そんなのは全然、嬉しく無いよ…っ』
だって、お前、あんなスキンヘッドの怖そうな大人に怒鳴られたこと無いだろ。絶対泣くじゃん。それは、嫌だったんだよ。
そう言いたかったけど、でも結果的に俺が景衣を泣かせている事実に戸惑って、ただぽろぽろと涙を溢し続ける様に更に焦る。
『……ごめん』
『一芭の格好つけ、ばか、ちび』
『……ちび関係ねーだろ』
しかもお前よりは既に2センチ高いし、ここからもっと、でかくなる予定なんだよ。ムッとして視線を逸らすと、景衣が突然、じっと俺を見つめて、そのまま頭を撫でてくる。
『なに』
『…由紀子さんのゲンコツ痛かった?』
『いてえよ、あのババア加減知らねーもん』
そして、なんで花江家の愛の鉄拳を知ってるのかと尋ねると、管理人から「一芭君、痛そうだった」とそれも要らない情報を伝えられていた。スキンヘッド、ろくなことを言わない。
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