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『…私もゲンコツして欲しい』
『はあ?』
こいつは一体何を言い出すのか。またしても突拍子もない発言を怪訝に聞き返す。
『…管理人さんのとこ行って、ちゃんと怒鳴られてきたけど。ゲンコツも頼んだけど、流石にやってくれなかった』
『……お前、あいつのとこ行ったの?』
『うん』
『…怖くなかったの』
『すっごい、怖かったよ。でも一芭も1人で頑張ってくれたでしょ、だから、大丈夫だった』
ずび、と鼻を啜って雑に涙を拭う女に呆気に取られる。目が合うと、俺の間抜けな表情を見て、少しだけしてやったりのように、悪戯に目を細められる。
それが、さっきの恵美さんに、やけに重なった。
"でもね、一芭君。うちのバカ娘は、いつも一芭君の隣に居たいのよ"
――どうやら、俺の幼馴染は、
後ろで黙って守られてはくれないらしい。
なんとなくその場で立ち上がって、向かい合うように座っていた位置から、景衣の隣に移動して座り直す。
きょとんと瞬きを数回した女は、隣の俺を確かめるように手を握ってきて、何がそんな嬉しいのか、へへ、と照れも混ぜながら屈託なく破顔した。
多分とっくに、他には持ち得ない感情を景衣には抱いていたとは思う。
だから、この出来事は自覚するきっかけに過ぎない。
それでも「お前に"花"をやる」なんて、死ぬほど恥ずかしい約束をガキの分際で提案してしまうくらいには、景衣の隣を死守するのに、こっちだって必死だった。
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