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"…私もゲンコツして欲しい"
"すっごい、怖かったよ。でも一芭も1人で頑張ってくれたでしょ、だから、大丈夫だった"
――あの女はいつも、黙って俺に守られてくれない。
「……昨日、景衣に会ったんだよ」
男が、やけに優しく目を細めてきたりするから、何故か視界が少しぐらついた。朝日の眩しさが目に染みて、鼻の奥がツンと刺激される。
『景衣、お前も寂しくなるね』
『…でも、新しい環境で頑張る一芭の方が大変だから。そんな甘えたこと言ってられないよ』
俺はやっぱりガキの頃から変わらず、馬鹿なままだ。
昨日「おやすみ」と最後に笑ったあの女のところまで巻き戻って、抱きしめたくなった。
「……ごめん、行くわ」
「どこに」
「景衣のバイト先」
「……景衣、今日バイトないと思うけど」
「…は?」
「ついさっきパジャマのまま、「寝付けなかった」って泣き腫らした顔してゴミ出ししてたから」
「、」
男の言葉を聞き終える前に、キャリーケースを放り出して、来た道を全速力で戻る。
エントランスに再び辿り着いて、ランプからエレベーターの現在地が最上階だと視界の端で捕らえながら、一目散に外階段へ繋がる扉を開けた。
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