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『…もしもし?』
“まだ起きてんのかお前は“
『あんた、かけてきといて何なの』
開口一番、なぜこいつは文句から入るのか。むっと眉間に皺を寄せつつ、だけど突然男の声を聞くことになって、心臓の動き方が変わっているのにはとっくに気付いている。
ベッドに横になってまさに寝る準備に入っていたところだと可愛げもなく続けると「ふうん」と何処かぎこちない返事が鼓膜を揺らす。
『どうしたの』
“ゴールデンウィーク、やっぱり合宿だった“
『………そう』
私の返事を受けて、「ん」と短く返してくる男の気まずさが顔を見なくても伝わった。
一芭は、大学でもバレーを続けると言う選択肢を迷うことは無かった。入学してすぐに部活をまず見学に行っていたし、本人も楽しみにしていたのだと思う。
そして部活動というものが、入学式の後、熱烈にビラ配りと共に勧誘を受けたサークル活動とは違うということは、私も流石に認識している。
◻︎大は、バレー部も強豪校で有名だし、日々の練習も厳しい。授業以外の時間を拘束されるのは間違いなく、アルバイトも単発系でやっていくしかないだろうと前々からぼんやり語っていた。
その流れで、ゴールデンウィークも、きっとみっちり練習のスケジュールが組まれるかもと一芭が予言したことは、どうやら当たっていたらしい。
そこそこ長い休みは、確かに帰省のチャンスではある。でも、この男の犠牲の上に成立させてほしくは無い。
――そう思うのは、私のただの見栄でもあるけれど。
『一芭。うちのバイト先、今あんまり人足りてなくて
、ゴールデンウィークもできれば沢山入って欲しいって言われてて、私1週間ほとんどバイトで既に埋まってる。だから一芭が帰ってきても遊んであげられなかったと思う。忙しくてなんかごめん』
“…まさかの謝られたし、やたら上からなんですけど“
私の発言に突っ込む男が、ようやくそこで、少し笑って空気を揺らした。
本当は、シフトはまだ希望休も出していない段階だけど、嘘くらい、いくらだって混ぜる。
一芭は思ったよりもマメだ。離れてからの1ヶ月間、
頻繁にメッセージも来る。大体の内容はくだらないけど、ちゃんと律儀に返している私も十分くだらない。
でも、部活でいつもしんどいくせにちゃんと夜も連絡をしてくる男の優しさを知っているくせに、私は「無理しないで」と言ってあげられない。
与えられるものをちゃんと1人でちゃっかり抱きしめている私は、狡い。
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