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「良い?景衣ちゃん。今見たところ、馬鹿みたいにシフトに入っている景衣ちゃんも、ゴールデンウィークの最後を飾る土日はチャンスある。土曜は、早朝出勤でお昼過ぎに終わるし、日曜も休みだから、もう狙うなら此処しかないの」
「…え、何がですか」
ラウンドから戻って、カウンターに入ったところで
菊さんがシフト表をこちらに突き出して仁王立ちしている。もしかしてこのお姉さん、この数十分ほど、シフト表を見て給料泥棒していたのだろうか。
「というか今、サラッと馬鹿って言いましたね?」
「言ったよ!!?そんなことより、サプライズ仕掛けるなら土曜に彼氏の部屋に突撃するしか無いって言ってんの!!!向こうの合宿の日程はちゃんと聞いてるの?」
「…サプライズ…?」
話が全く読めない。できればあまり読みたくも無い。
菊さんの勢いに完全に押されつつ、1時間に1回の現金チェックの時間だとレジへ向かおうとすると「仕事してる場合か!!」と叱責された。どういう怒られ方なのだろう。
「合宿から、いつ戻ってくるの?」
「…詳しく聞いてないので分からないです」
「じゃあ今日絶対電話して、聞いて」
「何故」
「……遠距離恋愛なら、一回くらいやるでしょ?」
「何をですか」
「"来ちゃった"、ってやつ」
語尾にハートマークがつきそうな高い声で、小首を傾げながら伝えられた言葉に身体が固まった。
「ちょっと、景衣ちゃん。なんつー顔なのよ失礼だな」
「いや、違います。菊さんは可愛いです。自分に置き換えたらとんでもなかったです」
似合わなすぎて死んでしまうかと思った。
それだけでは済まない。例えば私が何かの間違いで突然会いに行ってしまって、また何かの間違いでそんな台詞を吐いたとして。
あの男が「お前どうした」とドン引きするのが想像出来て、急に頭が痛くなってきた。
「なんでよ!そんなの分かんないでしょ!?」
「いや、分かる。わかるんです。あいつが呆然としてる腹立つ顔が思い浮かびました」
「………なんかその言い方。さては彼と相当付き合いが長いな?」
「現金チェック入ります、立ち合いお願いします」
「また逃げる!!」
その後も「サプライズしようよおおお」としつこい菊さんをなんとか流しながらのバイトは、いつも以上に疲れた。
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