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聞かなくて、良かった。
自分から予定を尋ねてしまっていたら、きっともっとダメージが大きかった。
大丈夫。別に今回が駄目でも、夏休みもあるし、もっと他にいくらでも、一芭が帰ってくるタイミングはこれからもある。
"お前もバイトばっかりしてると後々苦しむぞ"
「……言われなくても、ちゃんとやってます。私は元々、ためるタイプじゃないし。あんたも課題多いって分かってるなら、部活にばっかりかまけてないで、今からやっときなよ」
"はいはい、夏休みの由紀子かお前は"
「由紀子ちゃんみたいに迫力出せない」
"出さなくていーわ"
一芭が少しだけ笑いながら流した私の発言は、自分の中ではしっかり引っかかっていた。「部活にばっかりかまけてないで」なんて確実に絶対、嫌味が入っていた。
"で、景衣ちゃんは、なんかあったんじゃないんですか"
今更この流れで謝るのも変だしどうしようと迷っていると、再び男の声が促してくる。ぎゅ、とスマホを握る手に力がこもった。
「………最新刊、買った」
"ああ、今月発売してたのか。どうだった?俺の推しキャラが激アツの巻って噂なんだけど"
私とこの男は漫画が好きで、単行本に関してはお互い手分けして集めていたりする。私が集める担当になっている冒険漫画が今週発売されて、この男が好きなキャラが確かに、戦闘シーンで大活躍していて凄く格好良かった。
"この漫画だけは本誌じゃなくて単行本で追ってるから、今度帰った時真っ先に貸して"
――今度って、いつ?
まさに口を出ていきそうになった言葉を、必死に押し込めた。一芭にぶつけたくない言葉ばかりが浮かぶ嫌な自分に気づいて、視界が歪む。
"…景衣?"
瞬きを増やして必死に平静さを取り戻すことに集中していると、男が私を呼ぶ。やばい、何か、言わないと。異変には気づかれたく無い。
「……あ、あんたの推しキャラは、今巻でうちの管理人並に綺麗に禿げました!その衝撃を伝えたかっただけ!おやすみ!!」
"は?おい、"
一方的に告げた言葉は、静かな部屋の中で滑稽に響いていた。慌てて電話を切ったけど、私の誤魔化し方のセンスは一体どうなっているのだろう。
「…さいあく」
ぽつりと盛大な後悔を混ぜて呟いた言葉もまた、1人だけの空間で溶けて消えた。
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