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寒さもとっくに本格化している1月の下旬。
高3の私は、受験生生活ど真ん中と言うよりは、もうそろそろ終盤に差し掛かっている。とっくに自由登校の時期だけど、今日も夕方まで学校の自習室で勉強をしていた。ここから通える距離の、そこそこ有名な私大一本に絞って勉強に励む私は、着実に迫っている試験のことを思うと、いつも落ち着かない。
『でも昨日ね、新しい部屋を決めてきたの』
――だけど、落ち着かない理由はそれだけじゃ無い。
丁度1週間ほど前、偶然交わした会話のせいで、大量のモヤモヤが追加されて、勉強に大変差し支えが出てしまっている。
「…だめだ、集中しよ」
気もそぞろな自分を叱咤激励して、振り切るように英単語帳を開く。「集中力が保てなくて」なんて甘ったれた言い訳をしている暇さえ私には無いのだ。
なんせ大袈裟では無く、自分の人生がかかっている。
自身に言い聞かせたらまた、心臓が圧力を感じ取ってぎゅうぎゅうと収縮した。痛みに気付かないふりをして英単語に視線を落とすと、スカートのポケットに入っていたスマホが、ぽこっと間抜けな通知音を鳴らせる。
やばい、私は今日、どうやらマナーモードにして無かったらしい。自習室でバレなくて良かったと心から思いつつ、慌てて取り出して画面を確認する。
《コンビニに漫画読みに行こうとしたら、エレベーター動かないんだけど。お前、なんかした?》
通知の最新には、先ほど別れたばかりの男からのメッセージが表示されている。
反射的に直ぐアプリに移動して既読を付けてしまう自分に気づいて顔を顰めた。それに、私が一体何をしたのか、この仕打ちについては、こちらだって教えて欲しいくらいだ。
《あんたエレベーター使わないんじゃなかったの》
《下るのは良いんだよ》
《わけがわからん》
《なんなんだ、はよ今週分読みたいんだけど》
《まあ、そりゃ動かないでしょうよ》
《なんで》
《止まってるから》
《は?》
《私、中にいる。閉じ込められた》
とても速い速度で文字を打ち合っていたのに、私が最後に自分の現状を伝えた途端、男からの返信は途絶えてしまった。電波の問題だろうかと画面の中のアンテナを確認するとちゃんと数本は立っている。そういえばエレベーターの密閉された空間の中なのに、外部と連絡を取られるのは凄いなんて、状況にそぐわず冷静に感心した。
「……何なの」
でも、私の報告にちゃんと既読を付けているくせに、やはり男からの連絡は途絶えたままだ。
1人呟いた不平が、誰に届く筈もなく狭い空間の中で溶けていった。
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