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「ラテアート上手くなったとか、漫画の最新刊すごく面白かったとか、そういうくだらないこと送っても、一芭は絶対、返してくれる。分かってたから逆に、出来なかった、」
「……景衣」
ぐずぐずの顔を覗き込んでくる男が、そっと前髪を避けて額にも口づけを落とす。
「送ってこい馬鹿。お前、電話もあんまりしてこないし、俺1人でマメな奴演じてて恥ずかしいだろ」
「……演じてたの」
「元々連絡するの、そんな得意じゃない。由紀子からの連絡なんか1週間以上放置してる」
「あんた、ちゃんと返しなよ」
「泣き虫な景衣ちゃんだけで手一杯なので」
突っ込み辛い言い方をする。顰めっ面で唇を一文字に結ぶと、笑いながら男がまた重ねてきて、簡単に解されてしまう。
「景衣、今日観光とかしたい?」
「……え」
「お前初めてだろ、此処来るの」
「…うん。でも今日は、別にしなくて良い」
抱き締められていた腕が緩まって、離れていく予感がして、それを引き止めるように自分から抱き着いた。
一芭が暮らす街のことを知りたいのも嘘では無いけど。今日は私、この男に会いに来たから。出来る限り側に居たい。
それは心の中だけで呟いて、自分のありったけの力でしがみついたら、突然の浮遊感に襲われる。
急に視界も変わって、驚きに声を出すことも忘れていると、ずかずかと部屋の廊下を歩く男に自分が抱き抱えられていることにそこで漸く気付く。
「…っ、一芭待って、靴が…!」
「いい、後で俺が脱がせる」
何かを焦るようにいつもより早口で告げて意見を聞かない男は、そのまま広めのワンルーム奥にあるベッドに私を下ろす。靴がシーツに付かないように腰掛けている姿勢のまま直ぐ近くに立つ一芭に声を掛けようとしたら、肩をそっと押され、スプリングが軽く揺れる音を背中で聞いた。
所謂、押し倒される体勢になったと悟った瞬間、羞恥に襲われる前に目の前が影で覆われて、言葉は全て男の唇に奪われる。可愛らしく啄むような触れ合いを繰り返した後、一芭の唇が私の首筋に移動して「いつもと違う」と瞬時に判断したら、心臓が大きく跳ねた。
そもそも付き合ってから遠距離になるまでの間、キスより先に進む予感は無かった。物理的に場所が無かったのも、あるのかもしれないけど。
だけど大学生になって、こうして2人きりの空間で過ごすことも出来ている今日はやっぱり、そういうタイミングなのかもしれない。
下着はちゃんと上下セットアップを選んだ筈だけど、今更自信が無くなってきた。でも確認する術も無い。というか今日急に来るのを決めてしまったし、色々とチェック出来てないし、私、大丈夫なのかな。
「…っ、」
ぐるぐるとムードも何も無い考えをめぐらせていると、そっと胸の膨らみの片方に服の上から一芭の手が触れる。思い切り身体が揺れて反応してしまったことも恥ずかしくて、瞼を強く閉じて顔を逸らすと「景衣」と名前を呼ばれた。
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