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ガシガシと自分の髪を乱した男が、一拍を置いて薄い唇を開いた。
「もう敢えて言うけど。俺はお前がこんな近くに居たら、当たり前にめちゃくちゃヤりたい」
「、」
急に何を言い出す。かあっと顔に熱が集まっていくのが鮮明に分かって、咄嗟に俯こうとすると一芭が私の両頬を片手で挟むように掴んできた。視線を交わすしか無くなった目の前の綺麗な瞳には、この男をひたすらに見つめる自分が映り込んでいる。
「…今日お前、恵美さん達に"俺のとこに行く"って言った?」
「……言ってません」
「莉々が協力したってところも、怪しい」
「………口裏合わせしてもらいました」
全部最初から、バレていたらしい。白状した私にまた息をゆっくりと吐き出した一芭が話を続ける。
「恵美さん達には、今度帰った時ちゃんと付き合ってるって俺から言うから」
「…え。絶対、尋問されるよ?」
「知ってる。でも、お前がこれからうちに来る度コソコソして罪悪感持たせんの嫌だし。あと莉々のお膳立てに甘んじるとかも、ぜってーやだ。一生揶揄われる未来が見えるわ」
「…甘んじる…?」
「うん。だからお前がまだ覚悟出来てないこと、今日進むつもり無いから。謝んのもやめろ」
「……、」
「まあさっきちょっと制御効かなくなりかけて、ヤバかったけど」と気まずそうに言う一芭の赤い顔を見てたら、心臓の締め付けが激しくて収まりそうに無い。多分間違いなく、愛しいという感情に直結している。
「ひとは」
「何」
「こんど、一芭が部活も休みでゆっくりできる時、また来る」
「……」
「その時までに覚悟決めるから、待ってて」
なんとか伝え終えると、ふと目尻を下げて優しく笑った男は「ふーん」なんてムカつく反応をするくせに、とても丁寧なキスを落とした。
◻︎
「お前はほんっと絵心が無いな」
「うっさいな、上達してるでしょうが」
「…まあ辛うじてアートに見えるようになったくらい?」
何で上からなんだこいつ。
ベッドに寝そべってスマホを弄る男は、私がさっき送ったラテアートの写真を見て勝手に感想を述べてくる。お風呂を借りて部屋へ戻ったら、先に入浴を済ませた男はもうすっかりダラダラモードに突入していた。
「この比較画像、自分で作ったわけ?じわるな」
「何もじわりませんけど。先輩が今日の出来栄え褒めてくれて、態々作ってくれたんですが?」
今日菊さんが面白がりながら作っていた光景を思い出しつつ、私もスマホを手に取ってベッド近くのフローリングに座る。
「おい」
「……なに」
「なんでそっち座んの」
「………え」
相変わらずベッドに寝そべった体勢のまま、頬杖をついてこちらを不服そうに凝視する男が、自分の隣をぽんぽんと叩く。
"こっちに来い"という合図のようにしか思えなくて、素直に直ぐ行くのも躊躇われて、不自然にまごついてしまう。
「何をモジモジしてんだお前は」
「してないし」
「駅前で抱き着いてきた時の大胆さを思い出せ」
「あんた、最低なの」
信じられない。恥ずかしい今日の行動を掘り返されて、絶対行くかとスマホに集中しようとすると、「嬉しかったのに」と勝手に言葉を続ける男には、もうずっと翻弄されてる気がしてならない。
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