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「まじでバスの出発時間迫りすぎていてやばいので、エレベーターとか待ってる暇ありません。階段を使います」
「ええ!!此処3階なのに」
「ええ、じゃねーわ。お前の準備が長いからだろうが」
「女子は色々大変なんだよ、というか何でもっと早く起こしてくれないの」
「起こしましたけど」と溜息混じりに玄関の鍵を閉める男は、私がまだ半端にしか靴を履けていない様子を見守りつつ、荷物を奪い取る。
そのままスタスタと先に廊下を歩いて行く男の先にはエレベーターがあって、ランプを確認すると確かにこの3階を通り過ぎて、上へ上がっていってしまう途中だった。
――あっという間に翌朝を迎えた。次の日からお互い大学も始まるし、あまりゆっくりはしていられないと夕方頃の新幹線を事前に予約していた。そして交通費を出すと聞かない男に無理やりお金を渡されて、押し問答の末、片道分だけ受け取る羽目になった。
バスで駅に向かう時間も含めて全然余裕があると思っていたのに、昼食を近くの洋食屋さんで食べて、また2人して部屋で微睡んでしまったらしく、なんとも慌ただしい出発になってしまった。
エレベーターの右端にある扉を男が先導して開けると、外階段に繋がっている。ちょっとだけうちのマンションに似ているなと思いながら一歩踏み出すと、目の前の男が予告無しに立ち止まってくるから、その背中に思い切り顔をぶつけた。
「ちょっと、何で止まるの」
鼻を強打し、痛みを堪えてさすりつつ訴えると、振り返った男が私の後頭部をあっという間に引き寄せて軽いリップノイズを響かせる。
「な、に」
やめてよ、別れ際にこういうことをされたら、はなれ難くてたまらなくなる。でも流石にこれ以上泣くわけには、と瞬きを増やしていると「景衣」といつものように呼ばれた。
「…来てくれて嬉しかった。今度は俺がサプライズするから大人しく待ってて」
そして、小さな声で伝えながら一瞬だけ私を強く抱きしめた男は、そのまま私に口を挟む隙を与えず、手を取って階段を下り始める。
たんたんたん、と2人分の足音が規則的に響いていく中で、涙が出るより先に思わず口角が上がって表情が崩れた。そんな宣言、今まで受けたこと無い。
「……サプライズの定義知ってる?」
「いちいちうるさいなお前は」
こちらを振り返らず、でもちゃんと私とペースを合わせて下っていく男の耳が赤い。
『ひとは、待って』
『はいはい、景衣はおせーなあ』
背丈は変わらないくらいだったのに、こいつはやたらと足が速くて。いつもの踊り場に集合した後、階段を素早く下りるのだって得意だった。
――でもいつも、私が居る時は、仕方ないって顔をしながら、ちゃんと手を繋いで一緒に下りてくれたことを思い出す。
私、絶対に一芭のこと大事にしたい。
優しく滲む視界の中で、あの頃の面影を目の前の愛しい背中に重ねながら、抱いた想いを乗せるように握られた手にありったけの力を込めた。
一緒にちょっとぎこちなく
2人で階段を下りていくことも、
きっとこれからも上手に
決めきれないサプライズも、
ぜんぶ一芭となら、まあ、たまにはね。
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