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不器用男の、講演会デビュー
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この女はほんとに、「真面目」を絵に描いたような奴だと思う。
「自慢では無いですが、昔から算数とか数学が苦手です。だからこそ高校の時も英語と国語で勝負できる今の大学を選んで、受験したわけです」
「……ああ、うん」
「それが、なんですかこれは。何でまた、向き合う羽目になっているの?」
「…まあ確かに、高校でも数学出来なさすぎて、早朝の補講とか行ってる時あったもんな」
「うっさい、掘り返すな!」
「お前が言い出したんだろうが」
なんて理不尽なのか。もう何度も足を踏み入れたことのある、ベージュの家具とインテリアで統一されたシンプルな部屋の中央。ローテーブルの上に置いたパソコンの前で眉間に皺を寄せて座り込む女が、隣に同じように座る俺を睨みつけている。
「…WEBテスト、もう、本当に嫌い」
「これ、どっちかっていうと数学の知識とかじゃなくて瞬発力とかひらめきとか、そういう類いのやつなんじゃないの」
「その瞬発力というものが私には無いんだってば。
じっくりと塗り固めて詰め込んだ学力を地道に引き出すことで受験戦争を乗り越えてきた地味な女なんです、私は」
「…景衣ちゃん、可哀想だな、元気出せよ」
「なんか腹たつな」
ぽんぽんと頭を軽く撫でつけると、より鋭い眼差しで睨みあげられた。相当、お怒りらしい。はあと大きく溜息をこぼして膝を抱えて座る女の体がより縮こまる様を見守って、苦笑いを漏らしながら視線を再びテーブルの方へと投げる。
パソコンの隣に乱雑に広げられた数枚の紙の先頭には
【インターンシップ エントリーシート】という
なんとも明るい気持ちにはならないタイトルが並んでいた。
「大体さ、八百屋さんの野菜が値引きされた時の利益なんか、そんな急に言われても知らん。邪推せず“八百屋のおじちゃん、ありがとう“で良いんだよ」
「景衣ちゃん、面白いな」
「馬鹿にすんな」
再び睨みを利かせてくる女は、口を尖らせたままマウスを操作して、画面に別の企業の採用ページを映す。
「…お前、何社エントリーしようとしてんの」
「とりあえず気になるところは全部…うわあ、この会社もWEBテストある…」
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