不器用男の、講演会デビュー

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――大学3年生の6月。 「卒業後の進路」というものを嫌でも少しずつ意識する時期にとっくに差し掛かっているのかもしれない。 「かも」なんて曖昧に濁したのは、俺が大学生活の大半の時間を過ごす部活の連中は、大体が“バレー馬鹿“で、話題もバレーが比重を大きく占めるからだろうか。 でも確実に、準備を進めている奴が居るのも事実なのだと、週末に合わせて実家に帰ってきたタイミングで実感した。目の前で眉間にたっぷりと皺を寄せてパソコンと睨めっこをしているこの女も、それを実感させてくる。 これから本格的に取り組むことになる就活に備えて、この時期から“職場体験“なんて名目で学生との実際の交流を図るインターンシップを開催する企業は多い。 そして、インターンに参加するために選考が設けられるケースも多い。エントリーシートなどの書類選考や面接、そして景衣が今まさに苦戦している「SPI」や「玉手箱」などと呼ばれる「WEBテスト」の受験もよく要求される。言語の問題と、非言語の問題を混ぜたテスト形式を採用する場合が標準で、自身を「ド文系」だと自負する景衣にとっては、何よりもそのテストが苦痛らしい。 問題自体が超難関というよりも、制限時間の中で数字の答えを導き出すことが何より苦手だという女は、前に電話してきた時も、沈んだ声でそんなことを言っていた。 『え、あんなん超楽勝じゃん。テストの解答集も先輩たちからいくらでも貰えるしな』 『教科ごとに、得意な分野で誰かと手分けしてやってもWEBだから別に、ばれねえし』 授業後、なんとなく同じ学部の奴らに、そんなに“WEBテスト“というものは大変なものなのかと何の気なしに尋ねた時、口を揃えて返された言葉は意外なものだった。 なるほど、就職活動では強かに生きていくことも求められているのかと。そこまで考えて、「嗚呼、あの女には無理だろうな」と苦く笑った。 案の定、帰省してマンションに着いたことを連絡すると「部屋に居る」と返事が来て。会いにいくと、馬鹿真面目に、選考のテストを受ける女が存在していた。 『…は』 『お前が苦戦してるそのテスト。解答集とか出回ってるらしいけど。あと、誰かと手分けしてやる奴も多いって』 『…知ってるよ。うちの大学の中にもそういう子達居る。それこそ、彼氏にテスト代わりにやってもらうとかも、よく聞く』 『……』 『――そんなことより、今からテスト受けるから、邪魔しないでね』 『……はいはい』 やはりこの女は、「真面目」を絵に描いたような奴だと思う。良くも悪くも融通が利かないというか。 「一芭、手伝って」なんて絶対言わないだろうと分かっていたけど、想像通りすぎてテストを終えて項垂れる女を見ていると、少し笑えた。
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